実際にA*STARが行っているのは、“生産性が高く、気候変動に強く、持続可能な”アグリフードの生産技術開発のプロジェクトで、「その重要な一つが代替タンパク質のプロジェクトです。既にプロジェクトに着手しています」とウォン・イーティン博士。そのプロジェクトとは、植物を原料とする植物肉、家畜から細胞を取り出して培養する食用の培養肉、微生物から作った食用タンパク質、さらには、家畜と水産養殖の餌用であるバッタやコオロギなどの昆虫食の研究開発だ。
ウォン・イーティン博士は、それら代替タンパク質プロジェクトについて「代替タンパク質の味や価格に、消費者はまだ満足していません。安全性の確保も重要な課題ですし、バリューチェーン(価値連鎖)全体をよりサステナブルなものにしていくことが重要です」と指摘する。
人工牛乳スタートアップPerfect Dayとの連携
シンガポールでは、代替タンパク質を含む食品製造に、国土が小さいながらも多数の企業が関わっている。そのことに触れたうえで、「シンガポールは小さな国ですが、アジアの中心に位置しアジア各地とのアクセスに優れ、外国企業が活躍できるインフラもそろっています」とウォン・イーティン博士。
そうした環境から、アジアの地域本社をシンガポールに置く外国企業も多く、日本企業でもキッコーマン、フジオイル(不二製油)、サントリーホールディングスなど多数がシンガポールに拠点を設置。大手、スタートアップなどさまざまな規模の国内外の企業が、研究開発、製品の供給、アジア進出と実に多様な活動を繰り広げているのだ。
さらに、「イノベーション促進のため、A*STARと連携している企業もある」とウォン・イーティン博士。例えば、アメリカの人工牛乳スタートアップ企業Perfect DayもA*STARと連携する一社だ。2020年にA*STAR傘下に立ち上げられたSIFBI(シンガポール食料・バイオ技術革新研究所)と共同で研究開発を行っている。
SIFBIは、食品、栄養、成分、工業生物学、その他多くの関連分野において最先端の科学技術によってイノベーションを推進する機関。代替たんぱく質、高付加価値原料のサステイナブルなバイオ製造、アジアの消費者に向けた栄養価の高い健康的な食品の製造などの分野において産業界と連携する。
SIFBIとPerfect Dayは、2021年4月から研究を開始。「30x30」の目標達成に貢献するために、発酵によって生成される乳タンパク質の特性を分析するシステムの開発を共同で行っている最中だ。
そのほか連携の例として、食品廃棄物処理事業を展開するシンガポールのWestcomは、A*STARのサポートで、食品廃棄物を微生物の力で分解し、24時間で堆肥化する装置の開発を成功させた。
また、シンガポールのスタートアップ企業FermaticsとA*STARは、リコピンなどの植物由来のファイトケミカルを、バイオ技術の活用でよりサステナブルに製造するための共同研究を進めている。
フードテックイノベーションセンターが商業化をさらに促進
A*STARとTemasekは代替タンパク質業界を成功に導くための国の技術プラットフォームとしてFood Tech Innovation Centre(FTIC)の開設を予定している。ここではテストキッチンや試験生産、食品の研究や開発に関する技術トレーニングや技術的なアドバイスを受けられるほか、市場テストの実施のサポートも提供される予定だ。
ウォン・イーティン博士は世界の企業にこう呼びかける。
「諸外国の方々、ぜひシンガポールの食品業界で一緒にイノベーションを起こしましょう。ともに世界の食料安全保障のために取り組み、レジリエンスをこの地域で高めていきたいと思っています。」