5
シンガポールはアジアのクリーンエネルギーハブ

シンガポールはアジアのクリーンエネルギーハブ

SDGs(持続可能な開発目標)という言葉に象徴される通り、サステナビリティは世界共通の課題だ。特にCO2排出を抑えるだけではなく、クリーンエネルギーや低炭素エネルギーといった代替エネルギーの供給は、持続可能な未来を構築するうえで、ますます重要性を増している。


この代替エネルギーについてASEANは2050年までに、この地域のエネルギーミックスにおける自然エネルギーの比率を23%まで高め、2014年比で250%増やすことを目標とすることで合意している。今回はアジアのクリーンエネルギーハブとして注目を集めるシンガポールの取り組みをご紹介しよう。

 


太陽光発電の普及を加速するシンガポール

シンガポールは2018年サステナビリティ・シティ・インデックスでアジアで最も持続可能な都市に選ばれており、エネルギー消費量を削減し持続可能な成長を遂げるクリーンエネルギーハブへの移行に動き出している。特にシンガポールが注力している分野の一つが太陽光発電だ。シンガポールは2020年の太陽光発電の目標である350メガワットピーク(MWp)を達成した。これは年間60,000世帯に電力を供給することに相当しており、さらに2030年までに太陽光発電の容量を350,000世帯分に増やすことを計画している。例えば、シンガポール経済開発庁(EDB)は、2014年にSolarNovaプロジェクトを立ち上げて、太陽光発電の普及と拡大に努めており、ローカル企業であるSunseap、Sembcorpの能力開発をサポートしている。このプロジェクトでは2020年までに、公共施設など約6,000の官公庁の屋上に太陽光発電システムが配備される計画だ。また、シンガポールの工業、商業地区の開発を行うJTCは、740,000平方メートルを超える工業用地と約103のサッカー場に相当する屋根に太陽光発電設備を設置することを計画している。これは14,600世帯以上に電力を供給し、年間32,000トン以上の炭素排出量を削減することになる。こうした太陽光発電の普及はシンガポールに進出する各企業でも行われている。マイクロソフトはシンガポールで最大のクリーンエネルギーソリューションプロバイダーであるSunseap Groupと提携し、データセンターに電力を供給する計画を進めている。またパナソニックは2016年から太陽光発電の導入に動き出しており、上記Sunseap Groupと提携しシンガポールの自社工場に太陽光発電システムを導入している。3棟の工場建屋の屋上に設置し、パナソニック製の太陽電池モジュールを計3,476枚設置し電力需要の一部を太陽光に切り替えている。

 

シンガポールはアジアのソーラーハブ

シンガポールがソーラーハブといわれるもう一つの理由が、世界トップクラスの太陽光発電の研究開発機関と企業が集まっていることが挙げられる。シンガポールには二つの太陽光発電に関する研究開発機関があり、その中心的な存在がEnergy Research Institute@NTU(以下、ERI@N)だ。ERI@Nは、南洋理工大学(NTU)に設けられた太陽光発電の研究開発センターで、持続可能なエネルギー開発に焦点をあて、電気・自律型モビリティ、新たなクリーンエネルギーソリューションなど幅広い分野の研究開発に取り組んでいる。またシンガポール太陽光エネルギー研究所(以下、SERIS)は、シンガポール国立大学(NUS)、国立研究財団(NRF)、およびEDBのサポートのもと、太陽光電池、モジュール、システムに重点を置いた研究開発を行っている。例えば、SERISは浮体式太陽光発電を開発し、貯水池や沖合水域での太陽光発電を実現している。シンガポールはこうした世界有数の太陽光発電研究所を中心に新たな技術のテストベッドやフィジビリティスタディの場として多くの企業から注目されている。

 

クリーンエネルギー開発の実証実験の場

また太陽光発電以外にもシンガポールではクリーンエネルギーの研究開発に取り組んでいる。上記でご紹介したERI@Nは、2014年にエコキャンパス構想を立ち上げ、NTUと隣接するクリーンテックを世界で最も環境に配慮したキャンパスにする計画を立ち上げている。2020年には、エネルギー、CO2、水、廃棄物の強度を35%削減するという目標を達成している。さらに情報管理、グリーンビルディング、再生可能エネルギー、交通、廃棄物と水、エネルギー効率化のためのユーザー行動という6つの分野で企業との共同研究が行われており、3Mや村田製作所、ENGIE、シーメンスなどの多国籍企業とJoule Air、Alfa Tech、Green Konceptsといったローカル企業が参加している。また、ERI@Nは、再生可能エネルギー統合デモンストレーターシンガポール(REIDS)を立ち上げている。REIDSは、南洋理工大学が主導し、EDBがサポートする東南アジア最大のエネルギー開発におけるマイクログリッドテストベッドだ。シンガポールの沖合8kmにある埋立島セマカウ島が企業や研究者に提供され、太陽光、風力、潮流、ディーゼル、蓄電、電力、ガスに至るまで代替エネルギーに関する開発とテスト、実証を行うことができる。REIDSではアクセンチュアやアルストム、ClassNK(日本海事協会)、DLRE、シュナイダーエレクトリックといった企業が参加している。また、シンガポールはクリーンエネルギー開発拠点として現在100社以上のクリーンエネルギー企業が研究開発拠点を設けている。RECやMaxeonはソーラーR&Dハブを設立し、Engie、EDGはR&Dチームを設け、この地域のマイクログリッド機能を開発している。

 

シンガポールで再生可能エネルギー開発に乗り出す日本企業

日本企業もシンガポールでCO2排出や代替エネルギー開発といった実証実験に動き始めている。株式会社IHI(以下、IHI)は、シンガポール科学技術研究庁(A*STAR)傘下の化学工学研究所(ICES)と共同で、CO2の新たなリサイクル技術を開発している。IHIはICESと2011年から環境・エネルギー分野で共同研究開発を行っており、2019年にメタン化触媒を用いて、CO2からメタンを製造するメタネーション技術の装置の開発を行った。この開発によって生産・発電等の過程で排出されるCO2を回収、水素と反応させることで、メタンを生成するといった再利用が可能となる。再生成されたメタンをパイプラインに供給することで、発電用燃料や都市ガスとして利用することができる。この技術によりシンガポールの発電所や化学工場などに導入されることでCO2排出削減が期待でき、持続可能なエネルギーが実現できる。また、日本郵船のグループ会社である株式会社MTIはシンガポールで「シンガポール・セントーサ島における潮流発電装置の実証試験」に共同研究パートナーとして参加している。同社はすでにシンガポールで太陽光発電の導入などを行っているが、さらなる再生可能エネルギーの開発に向けて動き出している。この実証実験では、シンガポール島とセントーサ島をつなぐ橋(セントーサ・ボードウォーク)の橋脚に潮流発電タービンを取り付け発電効率や発電コストの実証実験を行うというもの。実験は2019年から1年間かけて行われ、発電された電力はセントーサ・ボードウォークの街灯へ供給された。潮流発電は年間を通じて水量・方向が安定している潮流を利用することから、気象条件の影響を受けにくく、安定的な電力供給が期待される。将来的には海洋再生可能エネルギーの商用化につなげていきたい考えだ。

これまでご紹介してきたようにシンガポールはアジアにおけるクリーンエネルギー開発のハブとしての存在感を増しつつある。政府や研究機関だけではなく数多くの企業が次の時代を築くための代替エネルギー開発に取り組んでいる。サステナブルな未来がシンガポールからグローバルに広がっていく。