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シンガポールの持続可能なエコシステムと日本企業への支援

シンガポールの持続可能なエコシステムと日本企業への支援

シンガポールはこれまで、環境技術への積極的な投資を通じて、サステナビリティの取り組みを推進してきた。その結果、強固なサステナビリティエコシステムが形成され、味の素、武田薬品工業、IHIなど多くの日本企業がサステナビリティプロジェクトの海外拠点としてシンガポールを選んでいる。シンガポールでプロジェクトを推進するメリットとは何か、その具体的な方法とは—。

シンガポールの持続可能なエコシステムと日本企業への支援 masthead image
1.“ガーデンシティ” を超えたシンガポールのサステナビリティへの取り組み 
 

「NEWater」から広がるシンガポールのサステナビリティへの歩み 
 
“ガーデンシティ”として知られるシンガポールは、緑化にとどまらず、環境技術への大規模な投資を行ってきた。例えば、シンガポールは「4つの蛇口」と呼ばれる国家戦略のもと、海水淡水化、輸入水、貯水池、そして高品質な再生水である「NEWater」により、安全な水資源を確保している。この革新的な水管理システムは世界的に高く評価され、さらなるサステナビリティへの取り組みの土台となっている。 

自然と調和し持続可能な経済を目指す「シンガポール・グリーンプラン2030」 
また、シンガポールは、環境行動計画「シンガポール・グリーンプラン2030」を定め、2030年までに環境負荷を削減し、「自然と調和する都市」「環境に優しいインフラ」 「持続可能な生活」「強固なグリーン経済」を実現することを目指している。 具体的な目標には、埋​め​立​て​廃棄物を30%削減すること、2040年までに内燃機関車(ガソリン・ディーゼル車)を廃止すること、2030年までに太陽光発電容量を2GWpに拡大することなどが盛り込まれている。 

国による支援でクリーンエネルギー技術の開発を推進 
さらに国は、シンガポール・グリーンプラン2030と並行して、CCUS(分離・貯留したCO₂の利用)や再生可能エネルギーなど、クリーンエネルギー技術への投資を通じて循環型経済を推進し、レジリエントで持続可能な未来の実現を目指している。 

特に、水素の製造・輸送時のCO₂排出を抑える低炭素水素燃料技術の開発を積極的に進めており、2030年までに商業化が見込まれている。 

例えば、総合エンジニアリング企業の千代田化工建設、南洋理工大学(NTU)、シンガポール国立大学(NUS)などの企業や研究機関で構成されるコンソーシアムは、水素を効率的に輸送する手法として、液体有機水素キャリア法(LOHC)の研究を進めている。 国はその研究を、低炭素エネルギー研究助成イニシアティブ (LCER FI) により支援し、 CCUSや地熱エネルギー(再生可能エネルギーの一つ)の研究開発などにも資金やリソースを提供している。 

クリーンエネルギー企業の集積地 
そのほかにもシンガポールは、クリーンエネルギー分野のリーダーとして、太陽光発電、新世代のエネルギー貯蔵技術、電力輸入を活用している。 

輸入については、シンガポールはクリーンエネルギーの確保と持続可能なエネルギー供給の強化を目的として、インドネシア、カンボジア、ベトナムと協定を締結している。これらの国から2035年までに合計5.6GWのクリーン電力を輸入する計画であり、これにより、シンガポール国内の総電力需要の約30%を賄う見込みである。 

 さらに、シンガポールには国内外のクリーンエネルギー関連企業が100社以上集積しており、クリーンエネルギーソリューションを求める企業を支援している。 

シンガポールで進展する循環型経済の取り組み 
加えて、シンガポールは、Waste-to-Energy(廃棄物を熱や電力に転換する技術)や電子廃棄物のリサイクルを統合し、クローズド・ループ生産モデル(使用済みの材料を再利用する循環型生産システム)を活用して、循環型経済の構築を進めている。 

企業は、政府系の研究機関である化学・エネルギー・環境持続可能性研究所(ISCE²)や、NTUとフランスの原子力・代替エネルギー庁(CEA)の共同研究センターであるSingapore CEA Alliance for Research in Circular Economy(SCARCE)などの組織と協力し、クローズド・ループ生産モデルの開発に取り組むことができる。 

シェル、味の素による具体的な取り組み 
イギリスのエネルギー企業のシェルは、国家環境庁(NEA)やシンガポールの研究機関と連携し、プラスチックのケミカルリサイクル技術の研究を進めている。 

また、味の素は、フィンランドのフードテック企業Solar Foodsが開発したエアベースプロテイン(二酸化炭素を栄養源として生成される微生物たんぱく質)を使用した商品をシンガポールで試験販売している。この技術を東南アジア市場へ拡大するためのテストマーケットとしてシンガポールを選んだ。 

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2. サステナビリティハブとしてのシンガポールの価値 
 

東南アジアのサステナビリティ市場への架け橋としての役割 
東南アジアは、豊富な天然資源と、温室効果ガス排出量を取引するカーボン市場の成長を背景に、世界的な持続可能性アジェンダ(持続可能な開発を実現するための計画)の主要プレイヤーとして台頭している。  

サステナビリティ関連市場は、2050年までに最大3兆米ドル(約468兆円)の収益を生み出すと予測され、その市場に対してシンガポールは戦略的なハブとして機能し、日本企業と成長市場をつなぐ役割を果たしている。 

シンガポールは日本企業に堅固な貿易ネットワークと安定したビジネス環境を提供することができるほか、日本との時差がわずか1時間という利便性も強みである。 

二酸化炭素回収・貯留(CCS)に関する日本とシンガポールの協力 
さらに、シンガポールと日本は2024年8月、二酸化炭素回収・貯留(CCS)に関する協力を深めるための覚書に署名した。 

これにより、両国は専門知識や資源を結集し、CCSの導入を地域全体で加速させることを目指している。こうした取り組みを通じて、今後、両国の協力関係は一層強化されると考えられる。 

多様なパートナーによるイノベーションエコシステム 
シンガポールは、エンジニアリングサービス、テクノロジー企業、国際機関、カーボンサービスなど、多様なパートナーと強力なネットワークを構築しており、進出企業が適切なサポートを受けられる体制を整えている。 

温室効果ガス排出量の測定・報告・検証(MRV)の分野では、コンサルティング大手PwCの「Centre for Sustainability Excellence」や、フランス国際認証機関大手のビューローベリタスの「Innovation Centre for Alternative Energy」などが、企業が環境に与える影響をデータで測定し、改善策を実施するための重要なツールを提供している。 

さらに、アグリフード企業(農業と食品の分野に関わる企業)は、シンガポールのサステナブルな食品イノベーションの拠点Nurasaと連携できるほか、シンガポール科学技術研究庁(A*STAR)や国内の各大学と協力することが可能である。  

また、アメリカエネルギー企業のエクソンモービルが参加するシンガポール・エネルギーセンター(SgEC)のように、多くの企業がシンガポールの研究機関や高等教育機関と提携し、コーポレートラボを設立している。これにより、シンガポールの持続可能なイノベーションエコシステムはさらに強化されている。 

武田薬品​工業​による具体的な取り組み 
武田薬品工業は2023年、シンガポールでポジティブエネルギービル(施設内の消費量を上回るエネルギーを生み出す建築物)を開所した。このビルの構築には、フランス電機大手シュナイダーエレクトリックが支援。スマートエネルギーマネジメントシステムと再生可能エネルギーを組み合わせることで、ネットゼロ(ビルの消費エネルギーを超える余剰エネルギーを生み出す状態)を目指している。 
 

3. シンガポールでサステナビリティプロジェクトを進める方法 
 

サステナビリティプロジェクトの適地 
シンガポールには、サステナビリティプロジェクト向けの産業団地やイノベーション地区が複数存在する。 

  • プンゴル・デジタル・ディストリクト(PDD)
    サイバーセキュリティやデジタルイノベーションに特化した、スマートで持続可能なビジネス地区。
  • クリーンテック・パーク
    シンガポール初のエコビジネスパーク。サステナビリティに特化した研究開発や実証実験のために設計されている。
  • ジュロン島
    エネルギー・化学産業の拠点。CCUS、低炭素水素、Waste-to-Energyなどのインフラを備えている。

すでに多くのグローバル企業がシンガポールをサステナビリティ戦略の拠点として活用している。例えば、NesteIHIの持続可能な航空燃料(SAF)に対する国の投資は、この分野​が​広がる可能性を示している。 

また、日本企業はシンガポールに拠点を置くことで、世界トップクラスの研究機関や、サステナビリティに特化した活気あるエコシステムにアクセスできる。さらに、シンガポールの戦略的な立地を活用し、東南アジア市場への事業展開を加速することも可能だ。 

加えて、政府は企業のクリーンエネルギー導入を支援する各種制度を提供している。 

  • 資源効率化助成金(REG(E)=Resource Efficiency Grant) 
  • 排出削減投資控除(IA-ER=Investment Allowance for Emissions Reduction) 

シンガポール経済開発庁(EDB)もサステナビリティ関連の投資を支援しており、進出企業に対し情報提供やパートナー企業とのマッチングサポートを行っている。 

※EDBが具体的にどのようにサステナビリティプロジェクトを支援しているか、詳しくは​​​​​​こちらをご覧ください。 
 

*1米ドル=約156円(2025年1月20日時点) 

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