シンガポールは、有利な戦略的立地、安定性、ビジネスフレンドリーなエコシステムによって、企業に対してアジアにおける成長機会を提供している。東南アジアは、2030年までに世界第4位の経済圏になると予測されており、ASEAN加盟10か国は貿易に関して開放的・統合的・革新的な地域であり続けるために協力体制を敷いている。すでに、ほぼすべての関税品目において輸入関税が撤廃または削減されている。
最近、シンガポール政府は新たな施策や政策を導入している。研究開発やイノベーション、AI、サステナビリティ、域内展開など広範な分野にわたり、企業の成長促進、競争力の強化、ワークフォース・レジリエンス(労働力の回復力・適応力)の向上について支援を行う。さらに、規制の効率化や企業のコンプライアンス負担の軽減にも取り組んでおり、例えば通常のビジネスライセンスの有効期間を、可能な場合には最低3年に延長する。
以下に、2025年度予算案およびその後のサプライ委員会(Committee of Supply)での議論の要旨を紹介する。
1. 企業のコスト負担やリソース制約への対応を支援
<新規>法人税の50%税額控除:企業のキャッシュフローのニーズを支援するもので、2025年の課税年度において、1社あたりの上限は4万SGD(約432万円)。収益性の低い企業であっても、事業を継続しており、かつ少なくとも1名の現地従業員がいれば、最低2,000SGD(約21万6,000円)の現金給付を受け取ることができる。
税制改正の全容についてはこちら(英語)
<拡充>段階的給与補助金制度(Progressive Wage Credit Scheme:PWCS):低所得労働者の昇給に対する政府負担率が引き上げられ、2025年には40%(改定前30%)、2026年には20%(改定前15%)に改定される。これにより、企業従業員の賃金を引き上げるための負担を軽減 させることが可能となる。
<延長・拡充>土地集約化控除(Land Intensification Allowance:LIA):建物や構造物の建設・改築にかかる支出につき、要件を満たす場合は税額控除を受けることができる。これにより、事業活動を一か所に集約し、空間利用の最適化、業務統合、スケールメリットを追求する企業を支援する。詳細は2025年第3四半期に発表予定。
あわせて、JTCコーポレーション(貿易産業省所管の法定機関で工業、商業地区の開発管理などを担う)も工業用地リース制度(Land Lease Framework)の拡充を発表し、リース期間の延長や更新時の条件緩和を認める方針を示している。
2. 研究開発やイノベーションを優先課題とし、強靭な企業を育成
シンガポールは、「研究・イノベーション・企業(RIE)2025計画」を通じて、2021年から2025年の間に250億SGD(約2兆7,000億円)を研究開発に投資している。昨年は、先進製造業、サステナビリティ、デジタル経済といった新たな成長分野における能力向上を目的に、30億SGD(約3,240億円)が追加投入された。
<新規>承認済みのコスト・シェアリング契約(Cost Sharing Agreement: CSA)に基づくイノベーション活動に対する税額控除:承認済みのCSAに基づくイノベーション活動に関する支出に対し、100%の税額控除が適用される。これにより、シンガポールにおいて実質的なイノベーション活動を行い、プロフィットセンターとしての責任を担う企業を支援する。詳細は、2025年第2四半期までに発表予定。
<追加>付加価値性の高い投資を促進するため、国家生産性基金(National Productivity Fund: NPF)に30億SGD(約3,240億円)を拠出:NPFは、企業の生産性やスキルの向上を支援し、シンガポールの特定分野への投資を促進する役割を担っている。今回の追加拠出により、シンガポールは付加価値性の高いテクノロジー投資を誘致し、企業の生産性を向上させるとともに、とりわけAIや量子コンピューティングといった最先端領域において、経済成長の原動力となる労働者の育成を加速させる。
<新規>企業の能力構築に向け、5億SGD(約540億円)規模の国立半導体研究開発・製造施設を設立:新施設はNational Semiconductor Translation and Innovation Centre(NSTIC)のもとに置かれ、先端パッケージング技術から研究を開始する。最先端のクリーンルームや業界標準のツールを備え、橋渡しフェーズの研究や製造技術の専門的知見を提供する。半導体企業は、この共有プラットフォームを活用することで、自らの研究開発成果を評価し、新たな能力の構築につなげるとともに、グローバル市場で競争力のある技術の開発・商業化が可能となる。
<新規>バイオメディカル研究基盤の強化とコラボレーション促進のため、5億SGD(約540億円)を拠出:研究者、産業界パートナー、そして教育機関におけるバイオメディカル研究のコラボレーションと統合を強化する。また、科学技術研究庁(A*STAR)はパートナーとともに、新たなバイオ医薬品製造プログラムとしてシンガポール細胞療法先進製造プログラム2.0(Singapore Cell Therapy Advanced Manufacturing Programme 2.0:STAMP 2.0) および細胞療法製造プロセス加速施設(Process Accelerator for Cell Therapy Manufacturing:PACTMAN)を導入する。
<拡充>従業員株式報酬(Emproyee Equity-Based Remuneration: EEBR)制度に対する税額控除:2026年の課税年度から、EEBR制度のもと、持株会社が発行する新株についても、自己株式や発行済株式を従業員に譲渡する場合と同様に、税額控除の対象となる。これにより、企業が魅力的な報酬パッケージを柔軟に設計できる余地が生じ、シンガポールでの事業活動に必要な人材を獲得しやすくなる。
3. AI分野におけるシンガポールの優位性を強化
2024年、シンガポールは26を超えるAIセンターオブエクセレンスを設立し、AIのイノベーションと導入を加速させている。また、AI関連実務者数を約25%増加させ、5年間で5,000人から15,000人へと人材基盤を拡大するという目標に向けて大きく前進した。
<新規>企業のAI能力開発のため1億5,000万SGD(約1,620億円)規模のエンタープライズ・コンピュート・イニシアティブ(Enterprise Compute Initiative :ECI)を設立:デジタルトランスフォーメーションを推進する企業は、グーグル、マイクロソフト、アマゾンウェブサービス(AWS)といった主要クラウドサービスプロバイダーと連携し、AIツールやコンピューティング能力、専門家によるコンサルティングサービスを利用することが可能に。
AI研修の増加 :シンガポールは、IMDA(情報通信メディア開発庁)によるTechSkills Accelerator(TeSA)プログラムの取り組みを強化し、企業主導の研修機会を拡大するとともに、「AI シンガポール」プログラムと連携してAI実習プログラムの規模拡大の可能性を模索している。さらに、職業訓練プログラムであるSkillsFutureでは、新たにAIや生成AIコンテンツをカリキュラムに導入する。ChatGPTやCopilotといったツールを通じて、従事する分野にかかわらず、労働者の生産性向上を目指す。
4. スキル向上や労働力変革を加速
シンガポールは、未来を見据えた職種に対応できるよう、労働力のスキル向上を支援している。また、高度なスキルを持つ外国人材を企業が雇用しやすくなるよう改善する。
<新規>シンガポール国民である中堅社会人および求職者向けのSkillsFutureに関する経済的支援:SkillsFuture中堅社会人研修手当では、40歳以上のシンガポール国民を対象に、研修のために仕事を離れる際の収入減や関連費用を部分的に補填する月額手当を支給する。さらに、SkillsFuture求職者支援制度では、非自発的失業者を対象に、最大6か月間、合計で6,000SGD(約64万8,000円)を上限に一時的な経済的支援を行い、就職活動を支援する。
<新規>SkillsFuture労働力開発助成金(Workforce Development Grant:WDG):新たに申請プロセスが簡素化され、Workforce SingaporeおよびSkillsFuture Singapore(SSG)が運営する複数の制度を統合し、企業が一元的な申請ルートを通じて包括的な労働力開発支援を容易に利用できるようになる。また、WDGに関しては、職務再設計に向けた活動に対する経済的支援の助成率を最大70%まで引き上げる。
<改善>SkillsFuture Enterprirse Credit:対象企業には1万SGD(約108万円)のクレジットが付与され、労働力変革に向けた取り組みに伴う自己負担費用を相殺できるようになる。また、従来の事後精算方式ではなく、即座に直接費用を相殺できるようになる。
<新規>シンガポール・グローバルリーダーの育成:シンガポールは、次世代のグローバルリーダー養成を強化するため、海外でのキャリア開発機会の拡充、移行支援の増強、リーダーシップネットワークの強化に取り組んでいる。海外赴任を円滑に進めるため、シンガポール人赴任者とその家族に向けた海外移行支援を利用しやすくなるように取り組む。こうした取り組みは、Singapore Leaders Network (SGLN)を通じて実施され、交流行事やメンタープログラムの拡充につながる。
S Pass最低給与額の変更:シンガポールは、S Passの最低給与額を調整し、3,150SGD(約34万200円)から3,300SGD(約35万6,400円)に引き上げた。金融サービス分野では3,650SGD(約39万4,200万円)から3,800 SGD(約41万400円)に引き上げられる。この変更は、2025年9月1日以降のS Pass新規申請に適用され、2026年9月1日以降に有効期限を迎える更新申請にも適用される。さらに、S Pass外国人労働者税は、2025年9月1日以降、一律650SGD(約7万200円)となる。
Work Permit制度の変更 :まず、Work Permit保有者雇用制限の上限が撤廃され、定年も現地従業員と同じ63歳に引き上げられる。人材開発省(MOM)は、Work Permitの新規申請における年齢制限も統一し、現地従業員定年の2年前、つまり61歳となる。この変更は、2025年7月1日から適用される予定。さらに、2025年6月1日から、ラオス、カンボジア、ブータンを新規人材供給国(non-traditional sources:NTS)のリストに追加する。これに伴い、NTS職種リスト(NTS-OL)も拡張され、サービス業や製造業分野の企業が、PMET(専門職、管理職、経営幹部、技術職)以外の職種において、新規人材供給国からの熟練労働者を雇用できるようになる。
<拡充>Manpower for Strategic Economic Priorities Scheme (M-SEP):2025年5月1日から、M-SEPの支援期間が3年に延長され、現地従業員を海外研修やリーダーシッププログラムに派遣している企業を対象に新たな適格要件が発表される予定。また、対象プログラムの範囲も拡大し、より多くの企業が制度を利用できるようになる。詳細は5月を目途に発表予定。
5. 気候変動対策を引き続き推進
シンガポールは、コストや二酸化炭素排出量を管理しつつエネルギー需要を満たすため、革新的ソリューションを積極的に追求している。政府は、企業がエネルギー効率を向上させ、脱炭素化を進め、グリーン経済の機会をものにできるよう支援するため、さまざまな施策を講じている。これには、グリーン電力の輸入拡大、太陽光エネルギーの活用、そして原子力エネルギーや低炭素燃料としての水素の可能性を引き続き模索していくことなどが含まれる。また、排出削減が困難なセクターの脱炭素化に向けて二酸化炭素の回収・貯留(CCS)技術を模索するとともに、気候目標達成のため、パリ協定第6条に準拠したカーボンクレジットの調達を進める。
<追加拠出>インフラ投資を支援するために未来エネルギー基金(Future Energy Fund:FEF)に50億SGD(約5,400億円) を追加拠出:2024年に設立されたこの基金は、エネルギー移行プロジェクトを促進するため財政支援を行うものである。新たに生まれたばかりのテクノロジー関連であったり、多額の初期投資が必要であったり、商業的・地政学的リスクが高いなどの特徴を有するプロジェクトが対象となる。
A*STARによる低炭素技術試験用テストベッド施設(Low-Carbon Technology Translational Testbed:LCT3)に6,250万SGD(約669億6,000万円)を拠出:新興の低炭素ソリューションの商業化を加速し、有望な脱炭素化テクノロジーの検証や評価に必要となる時間とリソースが大幅に削減される。モジュール化されたプラグ・アンド・プレイ方式により、企業はテストベッドの構成を柔軟にカスタマイズでき、デジタルツイン技術を活用したデータ主導の最適化が可能となる。
6. シンガポールのエコシステムを構築し、未来を担う企業を主導
<新規>Global Founder Programme :シンガポール国内外から経験豊富な創業者を招き、その優れたアイデアをグローバルに展開する事業へと発展させるための新たな取り組みで、詳細は近日中に発表予定。
新たに10億SGD(約1,080億円)規模のプライベート・クレジット成長ファンド(Private Credit Growth Fund)が設立され、高い成長可能性を秘めた地元企業を支援する。また、成長軌道が長く複雑な企業に対しては、新たに設立される2億SGD(約2,160億円)規模の長期投資ファンド(Long Term Investment Fund)を通じて、「短期的な成果にとらわれない」資本を獲得する機会がもたらされる。
7. シンガポールと地域および世界との連携強化
シンガポールは、27の自由貿易協定(FTA)および43の二国間投資協定(BIT)からなるネットワークを有しており、シンガポールに拠点を構える企業の貿易や投資を促進している。世界的に不確実性が高まる中、シンガポールは引き続き国際的な連携を強化し、主要パートナーとの関係を深めるよう注力している。
<新規>チャンギ空港開発基金(Changi Airport Development Fund)に50億SGD(約5,400億円)を追加拠出:第5ターミナルの建設など、チャンギ空港の拡張を進め、空港の処理能力を50%以上引き上げる。さらに、シンガポール民間航空庁(CAAS)は、他都市との接続向上や、航空インフラ、テクノロジー、労働力の強化を目的として、10億SGD(約1,080億円)を投じる予定。
貿易パートナーや近隣諸国との連携を加速:シンガポールは、ASEANデジタル経済枠組およびASEAN物品貿易協定(ATIGA)を通じて地域経済統合を一層強化するとともに、一部のFTAの改定や、主要パートナーである米国、中国、インド、ベトナム、マレーシアなどとの二国間経済関係の強化を進めている。また、ジョホール・シンガポール経済特区(JS-SEZ)では、両地域の相互補完的な強みを活用し、企業にとって新たな連携の機会が開かれる見込だ。さらに、インドネシアとの協力関係を現状からさらに進めるため、特にバタム・ビンタン・カリムン(BBK)地域に関して協議を行っている。
シンガポールにおける事業進出やビジネス拡張へのサポートについては、EDBまでお問い合わせください。
https://www.edb.gov.sg/ja/contact-edb.html
*1シンガポールドル(SDG)=約108円(2025年4月14日時点)