シンガポールにおける食のイノベーションは食糧危機に対する世界的な回答となるかもしれません。

シンガポールでは、屠殺せずに生産された鶏肉が間もなく飲食店での定番になるかもしれません。地元の人気屋台店Loo’s Hainanese Curry Riceが 2 週間の期間限定イベントで示したように、その第一歩はすでに始まっています。

Eat Justの培養肉に特化した子会社で、消費者や企業に直接販売を行うGOOD Meatは、家族経営の店舗との提携を実現し、世界で初めて同社の製品を提供することになりました。このシリコンバレーのフードテックユニコーン企業は、来たる 2023 年にシンガポールで世界最大の食肉培養施設を開設し、同地域の食卓に向けて細胞培養鶏肉数万キログラムを生産できるようになります。  

「アジアでは、シンガポールが当社全体の製造、研究開発、イノベーションのハブとなっています」と、Eat Justの共同設立者兼 CEO であるジョシュ・テトリック（Josh Tetrick）氏は語ります。「シンガポールは未来を見据えています。この国は現在を変える政策だけでなく、遠い未来まで繁栄し続けるシンガポールを築くのに必要なフレームワークにも焦点を当てています」 

代替タンパク質を製造するこの企業は、シンガポールのフレームワークに参加する多くのアグリテックスタートアップ企業の 1 つで、科学的根拠のある持続可能な代替品を提供することによって世界的なフードセキュリティに対応して、農業を改善し、飢餓を根絶しようとしています。

垂直農業を専門とする&everと、シンガポールを拠点とするAquaculture Centre of Excellence（ACE）は、この国の先進的で協調的なエコシステムを享受しています。両社のソリューションは、限られた土地や海洋資源といった制約を克服し、環境への影響を低減しながら、高い生産性を確保しています。

こうした成果には、イノベーションを推進するシンガポールの支援環境が非常に重要です。そうした背景から、培養肉の販売について世界で初めての基準ができ、気候やスペースを選ばない垂直農法の収穫量の限界が拡張され、さらには環境を汚染せずに健康な魚を育てられる養魚場の設計も実現したのです。

たった 1 つの細胞から数百万ポンドの肉 

GOOD Meatは、たった 1 つの細胞から数百万ポンドの肉を製造することができ、現在の養鶏で使われている資源の連鎖をすべて排除することができます。より優れた、スマートな方法で世界に食肉を供給できるのです。

テトリック氏は、彼のチームは規制当局と周到な協働関係を築いたと述べました。規制当局は対応が速く、エビデンス重視で、知的財産権を強力に保護してくれたとも指摘しています。こうした理解のおかげで、2020 年、それまで SF にしか存在しなかったものがシンガポールで現実となりました。環境に害がなく、病気を進行させることもない細胞培養肉の販売が、世界で初めてこの国で承認されたのです。

さらに、食の楽園としてシンガポールの名声が高まったことにより、食に対する好奇心旺盛な人々が、さまざまな文化圏から集まってきました。

「シンガポールの消費者の出身地はアジア全域です。彼らは非常に舌が肥えています」とテトリック氏は言い、「食肉の大半に 1 匹の動物の屠殺も熱帯雨林の伐採も必要とせず、1 滴の抗生物質も使われていない世界に住む」という夢に近づいたと付け加えました。

「そのような食品の未来はこのシンガポールから始まります」と彼は言います。

海を救う新たな養魚法

健康な魚の持続的な養殖は ACE の最高責任者であるレオウ・バン・タット（Leow Ban Tat）氏の夢です。彼は 60 歳になったとき、引退する代わりに Eco-Ark® を設計しました。これは、海洋工学と海事技術を沿岸および沖合海域での水産養殖と融合し、単一の設備で健康な魚の養殖から水揚げまでを可能とする施設です。

Eco-Ark® では年間を通じて完全制御された養殖が可能で、垂直に深く作られた環境で魚を育てることにより、エネルギーを節約し、海中のスペースを最大限に活用できます。これは世界初となる浮体式の閉鎖型養魚場であり、安全で効率的な加工ができるので養殖魚の品質を最の状態に保つことができます。

海事技術者から起業家に転身した彼は、海洋汚染を防ぐ Eco-Ark® が実現したのは、知的財産に対してシンガポールが提供する強力なサポートのおかげだと述べています。その結果、中国、米国、インドネシア、オーストラリアを含む 9ヵ国で特許を取得することができました。

彼はこう指摘しています。「シンガポールは ACE にとって完璧なプラットフォームです。政府が私たちのような小規模で革新的な企業にサポートを提供してくれますから」

今、Eco-Ark® は海外展開を目指しています。レオウ氏は言っています。「高い生産性と持続可能な養魚技術を備えた Eco-Ark® は、拡張可能で世界への食糧供給に容易に貢献できるよう設計されています。魚の生産量を大幅に拡大し、それを年間を通して継続すれば、魚の乱獲を廃絶することができます。最終的にはこの方式が汚染をもたらしやすく持続不可能な網生簀式や池中式の養殖法に取って代わり、持続可能な方法で育てられた魚を世界中で楽しみながら、海の健康も保てるようになるでしょう」

世界一クリーンな植物を年間を通じて育成する

米国における屋内垂直農業のトップ企業である&everでアジア太平洋地域事業開発兼営業担当 のバイスプレジデントであるカースティン・ケーラー（Kerstin Köhler）氏は、フードセキュリティの別の側面に目を向けています。それは収穫量です。

&everがシンガポールに有する高さ 15 mのメガファームにはグローバル研究開発センターを収容し、そこで年間 50 万 kgの野菜を生産する予定です。消費の直前に収穫することができるため、作物の栄養価を高め、食品廃棄の削減にもつながります。&everでは自動化、機械学習、効率的な環境制御技術を使い、どんな気候の場所でもその地で年間を通じて作物を育てることができます。また、このメガファームは同社が新しい屋内農業技術を地域に拡大する前の、最高のテストベッドの役割も果たします。未来の農園のモデルとなるのです。

彼女は垂直農業には複数のメリットがあると説明します。「屋内農業に最適化した非常に小さな面積で野菜を育てることができ、同じ生産コストから得られる収穫量や栄養価が増えるだけでなく、人間の健康と地球にもより好ましいのです」

自動化と高度に制御された環境により、農薬も不要になります。「とても清潔な環境なので農薬は必要ありません。それにほとんど人の手を介しませんので、世界で最もクリーンな作物を生産できます」

また、シンガポールの活発な研究エコシステムを通じて、&everはシンガポール科学技術研究庁（A*STAR）などのパートナーを見つけることもでき、アグリテックのスタートアップとしてイノベーションの最前線に立ちたいという同社のニーズを満たすことができました。ある研究プロジェクトでは、屋内環境で自然の太陽光を最大限に活用しながら植物の要求に応じて人工照明を補うという、ハイブリッド照明システムを開発しています。

シンガポールには高スキルの人材がおり、ビジネスの立ち上がりもスムーズでした。ケーラー氏は言います。「その後現地で、才能にあふれ、当社のミッションやビジョンに献身的に取り組む素晴らしいチームを採用することができました。これはどんなビジネスであれ、最も大切なことです」

彼女はこう付け加えました。「私が食品の未来に一番望んでいることは、私たち皆で新しい技術を生み出し、いつの日にかフードセキュリティを実現することです。そして、それが始まるのはここシンガポールです」