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福岡×シンガポール二都物語

福岡×シンガポール二都物語

海と空に窓口を持ち、古くからアジアへのゲートウェーとして発展してきた福岡とシンガポール。両都市は起業環境が整っていることも共通し、スタートアップをはじめ多数の企業が互いの都市に進出して経済を循環させているのだが、それぞれどのように発展してきたのか。その事例を伝えながら、福岡とシンガポールの魅力を追う。

福岡×シンガポール二都物語

アジアへのゲートウェーとしての両都市の実力

いくつもの飲食店が軒を連ね、地元の人や観光客でにぎわう川沿いの屋台街。また奇しくも、シンガポールの観光シンボルとして有名なマーライオンに対し、福岡県田川市には同じように口から水を吐き出す狛犬の像・通称ターライオンが存在する——遠く海を隔てたシンガポールと福岡の街は似た光景を持つが、それはもしかすると、ともにアジアへのゲートウェーとしての役割を担ってきたことと無関係ではないかもしれない。
 

一方、福岡も中国大陸や朝鮮半島と近接し、古くからアジアとの交流の窓口となってきた。国内屈指の貿易港である福岡の博多港は、アジアのハブ港・韓国の釜山港と定期船が行き来するなどアジア向けの拠点として機能。日本第4位の乗降客数を誇る国際空港の福岡空港も、1965年の国際線開設以来九州とアジア各国を結び、空の玄関口となってきた。
 

東南アジアの中央に位置するシンガポールは、太平洋とインド洋をつなぐ貿易航路の要衝であり、世界約600港と結ばれるアジアのハブ港・シンガポール港を擁する。さらにアジア太平洋地域各国への短時間でのアクセスを可能とするチャンギ国際空港も持つことから、世界への接続性に優れるグローバル都市として発展してきた。
 

シンガポールをハブに事業を拡大させる福岡の大企業

そうして海と空に大きな窓口を持ち、アジアに門戸を開いている両都市だが、福岡に本社を置く大企業がシンガポールに進出している例は意外にも多い。

福岡の電気設備工事大手の九電工は、シンガポールなど4カ国に5拠点を構えて、東南アジアの日系企業向けに電気・空調の設計や施工、メンテナンスのサービスを提供。総人口6億人に上る東南アジアの巨大市場を取り込むことに成功している企業だ。
 

同社は2012年にマレーシアとベトナムに事業会社を設立して東南アジア進出を果たすと、2013年、シンガポールのエンジニアリング大手のAsia Projects Engineering(APECO)を買収。さらに2014年にはシンガポールに東南アジアの統括拠点として九電工東南アジアを設立するといった具合に、東南アジアでのビジネスを躍進させている。
 

同じく福岡に本社を置く衛生陶器大手のTOTOは、海外市場開拓の一環としてアジア・オセアニア地区の事業基盤を強化するために、2008年、シンガポールに販売拠点のTOTOアジアオセアニアを設立した。

温水洗浄便座・ウォシュレットの普及を追い風に海外全体で売上高を伸ばすなか、2019年には自社商品の展示施設を兼ねた技術紹介スペース「TOTOテクニカルスペース・シンガポール」を、中心街近郊に移転オープンさせた。これにより高機能商品や技術展示の充実を図り、東南アジア、南アジア、中東地域の重要プロジェクトへの提案力の充実を目指すという。

また、福岡で鉄鋼関連事業などを手がける老舗企業・吉川工業は、主要な取引先が国外に工場を建設したことをきっかけに、1990年代に海外進出を計画。シンガポールを進出先に選ぶと、1997年、シンガポール経済圏内のインドネシア・ビンタン島の工業団地に工場を設置した。現地では主に大量生産の基板やLED、RFIDの組み立てを行い、質の高い労働力を武器に、生産の効率化に成功している。

このほか、福岡空港の運営を受託する福岡国際空港も、じつはシンガポールと深い関わりを持っている。チャンギ空港グループ、シンガポール航空と業務提携を結んでいるのだ。2019年には3社で30万SGD(約2500万円)を投じ、共同のマーケティング活動に取り組むなど、利用客増加に向け協業している。

さらに、日本で有名な博多発祥のラーメン店「一風堂」を展開する力の源ホールディングスも、福岡からシンガポールに進出した一社だ。同社は、アメリカに続く2カ国目の進出先として、シンガポールを選び、現地法人を2009年に設立。一風堂のラーメンはシンガポールでも人気を博し、2021年には11店舗目となる新店舗をオープンさせた。

同社がシンガポールに進出したのは、世界のヒト・モノ・カネ・情報が集まる大都市であるシンガポールへの出店が成功すれば、アジアでの知名度が高まるとともにブランドイメージの拡大につながると考えたためだという。結果は狙い通りとなり、いまでは中国、台湾、フィリピン、タイ、マレーシア、インドネシア、ミャンマー、ベトナムに展開。アジアの店舗数は100店舗を超える勢いだ。

 

開業率国内第1位の福岡・起業環境世界第4位のシンガポール

大手だけではない。起業環境が整う点も共通している両都市では、スタートアップ企業も深く関わり合い、互いの経済の発展に貢献してきた。

というのも、福岡市は地域限定で実験的に特例措置を認める「国家戦略特区」のうち創業などを促す「グローバル創業・雇用創出特区」に2014年に選ばれていることもあり、開業率は国内第1位(出典:福岡アジア都市研究所「Fukuoka Growth 2020」)。起業家誘致に注力するシンガポールも、起業環境のランキングで世界第4位(出典:世界銀行「Doing Business 2020」)であり、そうした環境のもと両都市ではスタートアップが盛んに誕生している。そしてその影響か、福岡のスタートアップがシンガポールに、あるいはシンガポールのスタートアップが福岡に進出する事例もある。
 

例えば、福岡のロボット開発ベンチャー・リーフは、リハビリ支援ツールとして注目が集まる歩行支援ロボットの販路拡大を目指し、シンガポールに進出した。日本貿易振興機構(ジェトロ)北九州の支援を受け、2015年に公立のチャンギ総合病院で実証試験を敢行。現地向けにロボットを改良したうえで2017年に同病院に導入し、病院との共同研究も始めている。

また、給与管理サービスを提供する福岡のフィンテック・ドレミングは、低所得で与信上、銀行口座を持てない労働者が、スマートフォンで給与を即日受け取れるシステムを新興国向けに開発。ASEANの新興国に事業展開する拠点として2017年、シンガポールに現地法人を設立し、2019年にはベトナムでサービスの提供を開始している。

さらに、ブロックチェーンを国内で初めてゲームに活用した先駆的なスタートアップ・グッドラックスリーも福岡からシンガポールに飛び出した一社だ。オリジナルの豚のキャラクターを育てるスマートフォン向けゲーム「くりぷ豚」を2018年にリリースすると、ブロックチェーンプラットフォームを提供するシンガポールのContentosとパートナー提携した。

一方、シンガポールから日本への進出例として、シンガポールに本社を置くモビリティスタートアップのSWAT Mobilityの日本法人は2021年、福岡県北九州市の社会課題を解決する取り組みを支援する「スタートアップSDGsイノベーショントライアル事業(実証支援事業)」に採択された。独自の交通データ分析技術を生かし、北九州市営バスの乗降データ分析及び路線バスのダイヤ改正のための実証実験を行うほか、利用者の予約に合わせて運行するオンデマンドバスのための運行システムの日本での提供も既に始めている。
 

地の利を生かしシンガポール進出を検討する福岡企業が増加

興味深いレポートがある。「シンガポールへの進出を検討する日系企業を地域別で見ると、福岡が増加傾向にあり、2020年度は東京に次いで第2位となっている」というものだ。調査を行ったのは、海外ビジネス支援プラットフォーム「Digima~出島~」を運営するResorzで、鷲澤圭取締役はその理由をこう分析する。
 

「シンガポールは2020年のコロナ禍初期、感染の抑え込みに成功していました。そのため、アジアに進出するならシンガポールと考える企業が増えたのだと思います。もともと福岡は、アジアに地理的・文化的にも近い地域です。福岡発着の航空便もアジア圏へのフライトが多かったり、また、アジアの旅行客に福岡ブランドのモノが喜ばれた経験からアジアでのビジネスを身近に感じやすかったりもして、アジアへの進出に積極的なのだと思います」

さらに、製造業におけるアジア進出の特徴についても語る。
 

「製造業は特に、昔からシンガポールをハブとしてビジネスを進める企業が福岡でも他の地域でも多く、東南アジアでビジネスを広げるうえで、シンガポールに拠点を置かないという選択肢はありません」

シンガポールは、20年にわたり経済成長を続けていることで注目を集める東南アジアの中心に位置し、アジア各国の市場へのアクセスに優れる。そうした理由から、実際、アジアにある地域統括会社のうち、半数近くがシンガポールを拠点に選んでいる。
 

「昨今は、越境ECの活用などにより拠点を設けないかたちでの海外展開が盛んですが、長期的に見ればやはり、現地に拠点を設ける企業が成功する傾向にあり、それならまずシンガポールに進出ということになるでしょう」

こうして経済的にも関わりが深い福岡とシンガポール。アジアへの玄関口である両都市は、アジアが急速に成長するその時代の波に乗り、今後ますます発展していくに違いない。
 

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