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鹿島建設

鹿島建設

日本を代表する建設会社の1社である鹿島建設(以下、鹿島)。1840年の創業以来、「進取の精神」のもと、常に時代の先を見据えた取り組みを行ってきた。日本国内の生産年齢人口の減少や新型コロナウイルスの世界的な感染拡大が広がる中、鹿島は時機を捉えた戦略でグローバルに事業を展開しながら、建設プロセスの自動化やデジタル化、消費エネルギーの効率化といった新たなソリューションを開発し、社会や顧客の課題解決に取り組んでいる。そしてその海外事業の中心拠点として鹿島が注力しているのがシンガポールである。


シンガポールを拠点にアジア太平洋8カ国に事業展開

鹿島は現在、アメリカ、アジア、ヨーロッパ、オセアニアなどに現地法人を展開しており、鹿島グループ全体の売上高に占める海外比率は23%を超える(2020年3月末時点)。特に鹿島が注目しているのが経済成長著しい東南アジアだ。オフィス、ホテル、商業施設を含む複合開発ミレニア・プロジェクトを皮切りに、シンガポールに現地法人カジマ・オーバーシーズ・アジア(KOA)を設立したのは1988年。現在は東南アジア全体を統括するカジマ・アジア・パシフィック・ホールディングスのもと、建設事業を担うKOAと不動産開発事業を担うカジマ・デベロップメント(KD)が、シンガポールを拠点にした東南アジア8カ国において、オフィス、商業施設、ホテル、生産施設、病院、集合住宅、高級コンドミニアムといった幅広い分野の建設・開発プロジェクトを展開している。代表的な例は、シンガポールの大型住宅・商業複合開発プロジェクト、The Woodleigh Residences & Mall。600戸を超える分譲住宅や、延床面積約27,000m2にわたるショッピングモール、コミュニティー・クラブや警察署などで構成される超大型開発プロジェクトだ。この開発プロジェクトはシンガポール・プレス・ホールディングス社(SPH社)との共同事業で、工場で内装まで仕上げたコンクリートの箱を現場で組み立てる工法が採用された。KDとKOAの連携で現場では組立作業が進んでいるが、ここで欠かせないのが技術革新の推進役を担う技術研究所の存在だ。

Woodleigh Residences and Mall(完成予想パース)

シンガポールは研究開発とテストベッドの場

シンガポールは、鹿島の東南アジアにおける中核拠点としてより重要性を増しつつある。その主な理由の一つが、シンガポールの持つ豊富なコラボレーションとテストベッドとしての役割だ。シンガポール政府は、イノベーションによって経済成長を推進していくといった戦略のもと、さまざまなコラボレーションの機会を提供している。特に現地のニーズをとらえるには自社単独では難しく、パートナーとの協力によって研究開発を行うことが不可欠となる。鹿島は、2013年に技術研究所シンガポールオフィス“KaTRIS”(Kajima Technical Research Institute Singapore)を開設し、現在、シンガポールの大学や研究機関、政府機関、民間企業など、さまざまなパートナーとコラボレーションしている。

また、開発力を高めるにはハイレベルな人材の確保が欠かせないが、シンガポールは世界人材ランキング2019(IMD発表)でアジア第1位を誇っており、研究開発を担う人材を確保しやすいこともシンガポールの魅力の一つだ。さらに、建設という分野でイノベーションを起こすには、アカデミックな世界だけで終わるものではなく、現場での実践・検証が必須になる。シンガポールには、研究開発によって作られた技術を展開する前に、実際の構造物に適用して検証する環境“テストベッド”が整っている。

この研究開発機能をより強めていこうというプロジェクトが、“The GEAR”(Kajima Lab for Global Engineering, Architecture & Real Estate)だ。

The GEAR(完成予想パース)

The GEARで建設・設計・不動産事業のデジタル化を推進

鹿島は、2020年8月にアジア太平洋地域における事業統括と、技術革新を推進するイノベーションセンターという役割を担う新たな開発拠点として、シンガポールにThe GEARを建設することを発表した。The GEARでは1億シンガポールドル(約77億円)を投じ、シンガポールチャンギ・ビジネスパークに建設される延床面積13,087m2の広大なビジネス・R&D施設で、建設・設計・不動産事業の多岐にわたる分野でロボティクスやデジタル化などの研究開発を行う計画だ。2023年に完成予定で、シンガポールの各機関とのコラボによってオープンイノベーションが加速されることが期待される。その先鞭をつけたのがシンガポールの商業・工業開発を担うJTCとのパートナーシップだ。両者は、設計と建設、運用と保守など建物のバリューチェーン全体の領域で、施工能力の強化や、自動化、デジタル化、エネルギー最適化、持続可能性、居住者の健康改善に関する革新的なソリューションの創出を目的に、さまざまな分野において共同研究とテストベッドを計画している。JTCとのコラボレーションの一例として、南洋理工大学(NTU)や現地の企業であるMega Plus Technology Pte. Ltd.などとともに建設ロボットを開発し、建設プロセスの自動化を果たしていく。さらにJTCは、NTUからスピンオフしたロボティクス企業Transforma Roboticsを鹿島に紹介し、JTCと共同開発した塗装および検査ロボットを鹿島の建設ロボットと連携させ、自動化をさらに推進する。

エネルギー消費ゼロの建物などサステナビリティに関する共同研究

建設の分野で自動化とあわせて重要性を増しつつある分野が省エネだ。シンガポール国立大学(NUS)は、デザイン環境学部のビル“SDE4”でシンガポール初のネットゼロエネルギービル(Net ZEB)を目指していたが、KaTRISがZEBスペシャリストとしてプロジェクトに参画し、Net ZEB実現をサポートした。シンガポールは室温の設定が日本よりも低く、冷房のエネルギー消費量は大きい。このプロジェクトでは、数多くの被験者が室温を27℃に保ったまま快適性を保つという実験に参加している。最小限の空調と冷気を循環させるシーリングファンを組み合わせて、気流を用いて快適性を保つといったハイブリッド空調システムが採用され、ネットゼロエネルギーでありながら暑さを感じない快適な環境を実現している。また、これを機に、NUSとKaTRISは共同研究のMOUを結び、省エネと人間中心の設計に焦点を当て、ハイブリッド空調などの空調方式、環境シミュレーションや熱的快適性・健康性評価など、これからの時代のサスティナブルな建物の実現に向けて取り組んでいる。

シンガポール国立大学 デザイン環境学部のビルSDE4

シンガポールからイノベーションを起こす

The GEARの完成によって、今後さらに鹿島のシンガポールにおけるイノベーション推進に期待が集まる。JTCやNUS、NTU、さらには現地の企業、スタートアップなどとも共同開発を進め、未来の建設・設計・不動産事業を支えるイノベーションを推進していく計画だ。また、そこで生み出されたソリューションを、シンガポールを基点に周辺諸国へ展開していくことも期待される。先進的な取組みが広がることで、新たな雇用が生まれ、より環境性の高い建物が実現していく。「進取の精神」で時代を切り開いてきた鹿島の技術力とシンガポールの開かれた環境が、未来の建設を実現しグローバルに広げていく。

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