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シンガポールのR&Dエコシステムで人的ネットワークを構築——技術革新を追求し続ける鹿島建設

シンガポールのR&Dエコシステムで人的ネットワークを構築——技術革新を追求し続ける鹿島建設

公的研究開発インフラに250億SGD(約2兆8,250億円)を拠出した「研究・イノベーション・エンタープライズ2025年計画​​」に、2024年度予算でさらに30億SGD(約3,390億円)の追加投資を発表するなど、シンガポールはR&D拠点として存在感を高めている。そして、その研究環境がグローバル企業の注目を集めるなか、大規模な地域統括兼R&D拠点「The GEAR」を開設したのが、日本のスーパーゼネコンの一社である鹿島建設だ。同社のR&Dを担う技術研究所のシンガポールオフィス(KaTRIS)を取材し、シンガポールでの活動や、イノベーション環境の魅力について尋ねた。


シンガポールのR&Dエコシステムで人的ネットワークを構築——技術革新を追求し続ける鹿島建設

建設ロボットラボでの3Dプリンターの実験状況


鹿島の建設技術が凝縮されたショーケース「The GEAR」

シンガポール・チャンギ国際空港から車で5分という好立地に2023年8月、「The GEAR」は盛大にオープンした。

延べ床面積約1万3,000m2を誇る建物に、1988年のシンガポール法人設立以来アジア地域を統括してきた建設・不動産開発の事業部門を集約。大手企業と新興企業とのコラボレーションなどオープンイノベーションを促進するためのコラボレーションワークスペースやテストベッドを備え、さらに、鹿島のR&D部門である「鹿島技術研究所」のシンガポールオフィス(KaTRIS)も加わった。

KaTRISは、鹿島建設としては海外初となる研究開発拠点だ。2013年9月に開設されて以来、鹿島グループのグローバルで先進的なR&D活動を先導してきた。

KaTRISの伊達健介ジェネラルマネージャーはこう語る。

「将来の建設プロジェクトに向けた技術開発や、既存プロジェクトへの設計・施工支援を行い、アジア地域の建設事業に貢献することが私たちの主な役割です。具体的には、設計された構造物を安全かつ効率的に建てるための工法を開発したり、人がビルで快適に過ごす環境を作り出す研究をしたりしています」

そのKaTRISが設立10周年の節目に社内外と協力して取り組んだプロジェクトがThe GEARの建設だ。

「The GEARは、東南アジアでまだ適用していない多くの保有技術を導入し、かつ、高い省エネルギー性能と快適性をデジタル技術を駆使して実現した “スマートウェルビーイングビル”のテストベッドでもあります」(伊達氏)
 

アジア本社、R&Dセンター、オープンイノベーションハブの3つの機能を併せ持つ「The GEAR」(写真:阿野太一)

アジア本社、R&Dセンター、オープンイノベーションハブの3つの機能を併せ持つ「The GEAR」(写真:阿野太一)


The GEARには、建物内に設置された膨大な数のセンサーからのデータをもとに空調や照明の制御を行うなど、先進的なスマートビルソリューションを駆使。さらに、従来よりも高い建物エネルギー性能を実現するため、自然換気と天井ファンを組み合わせた半屋外のワークスペースや、水利用を最小限に抑えた屋上緑化と太陽光発電の統合システムなど、鹿島の最先端のサステナビリティ技術をふんだんに盛り込んだ。

そして、このビルの進化はまだまだ続くという。

「建物エネルギー性能や快適性をさらに向上させていくために、建物内にセンサーを配置してオフィス内の人の動きをAIにより解析し、入居者からのフィードバックを収集し、データ分析により温度や照明の制御を調整するなどして、ウェルビーイングを高めることを繰り返しています。テストベッドでありショーケースでもあるThe GEARは、“進化し続けるビル”として運用されているのです」(伊達氏)
 

自然の力(風、日光、緑)をふんだんに取り入れた実験的なワークプレイスで働く様子

自然の力(風、日光、緑)をふんだんに取り入れた実験的なワークプレイスで働く様子


現地採用で研究所の人材を強化

The GEARのほかにも、600戸以上の分譲住宅を含むシンガポールの複合施設「The Woodleigh Residences & Mall」の開発プロジェクトをはじめ、オフィスやホテル、工場など、アジア地域で数々の建設・開発プロジェクトに携わってきたKaTRIS。同研究所が果たす役割には、シンガポールで活動しているからこその特徴があると伊達氏は説明する。

「シンガポールは新たな技術、とりわけ社会に役立つ技術を重視する国で、政府がR&D活動を支援しています。その結果、イノベーションのハブとして成長し、世界から優れた専門家や技術が集まっています。国際会議やセミナーも数多く開かれるので、私たちもそこに参加して、技術トレンドや技術ニーズを探索しながら、研究や事業のための人的ネットワークを築いています」

技術開発力を支える人材は、開設当初、日本人数人だった。その後The GEARの完成に向けてスタッフを増やし、現在は30人ほどが在籍。日本人とシンガポール人が中心で、中国、マレーシア、タイ、韓国出身のスタッフもいるという。

「現地の方々を多く採用することができるようになったのは、R&Dや技術移転が軌道に乗り始めたここ数年のことです。The GEARのような研究成果を実証する場があることもプラスになっています。シンガポールには国立大学や、職業教育を行うポリテクニックなどで高等教育を受けた、能力が高い研究者が集まっています。また、企業がシンガポール人を雇えば、その雇用社員がキャリアアップのため学ぶ際に補助金が給付されるなど、政府による手厚いプログラムが数多く提供されており、そのことも現地人材を採用する後押しになっています」(伊達氏)

このプログラムは、国民を対象にした能力開発プログラム「スキルズフューチャー(SkillsFuture)」のことだ。シンガポール政府は、社会の変化にともなう技術革新に労働者が適応できるよう、キャリアアップを促進するためのさまざまな制度を提供しているのである。
 

オープンイノベーションで技術を革新し権威ある賞を受賞

研究所の人材を充実させる一方で、KaTRIS はThe GEARで同居する事業部門と連携し、オープンイノベーションを積極的に推進してきた。The GEARの建設プロジェクトでも、大学やスタートアップ、シンガポール政府などさまざまなステークホルダーと連携。特にロボットに関する技術では、「THEアジア大学ランキング」4位(2024年)の南洋理工大学(NTU)と協力し、コンクリート工事の自動化に必要なセンサー技術の開発に成功した。

NTUとはそれ以前にも、地下空間の構築に寄与するトンネル支保の技術開発に取り組み、KaTRISの横田泰宏主任研究員がその研究で2021年、岩盤力学分野の権威ある賞であるRochaメダルを授与された。

また、「QS世界大学ランキング」8位(2024年)のシンガポール国立大学(NUS)とは2018年にMOU(協力の覚書)を締結し、サステナビリティなどの分野で共同研究や人的交流を進めてきた。その一つである新型コロナウイルスの飛沫に関する研究では、天井ファンの活用により感染リスクを大幅に低減させることを提示。このノウハウをもって国立研究開発法人の理化学研究所を中心とした新型コロナウイルス感染対策研究プロジェクトに加わり、そのプロジェクトが2021年、コンピューター関連の国際的な賞であるゴードン・ベル賞特別賞を受賞した。

そのようにシンガポールで輝かしい研究成果を上げていることに触れ、伊達氏はこう話す。
 

デジタルテックラボでデータ分析に取り組むスマートビルチーム

デジタルテックラボでデータ分析に取り組むスマートビルチーム

「シンガポールでは、政府が経済成長や技術革新に関する目標を明確に定めています。そのため官民学が共通の意識を持っているので、研究で協力する際にも意思の疎通がスムーズだと感じます。これは、この国のR&Dエコシステムの強みだと思います」

例えば、シンガポール政府は、各産業の生産性や成長を強化するための中期目標「産業変革マップ(ITM)」を策定。建設業のITMではデジタル化や生産性などについて具体的な目標数値を示している。ほかにも、科学技術の戦略計画を発表し、前述した2021~2025年の5カ年計画「研究・イノベーション・エンタープライズ2025年計画」では優先研究分野を示すなどしている。

「政府による奨励もあり、異業種間の交流が盛んなこともシンガポールのもう一つの長所です。業界をまたいで連携しなければ、新たな価値は生み出せません。ですから、シンガポールに進出している企業や、これから進出を考えているみなさんには、シンガポールでさまざまなステークホルダーと手を取り合うことをお勧めします」

伊達氏はこれまでの活動を踏まえ、最後にそう言った。

*1シンガポールドル(SGD)= 約113円(2024年4月1日時点)

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