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シンガポールからアジアへ——日本国産の手術支援ロボット「hinotori」の躍進

シンガポールからアジアへ——日本国産の手術支援ロボット「hinotori」の躍進

手術支援ロボットによる遠隔手術の実証実験が2023年10月、5,000km以上離れた日本とシンガポール間で行われ、見事成功を収めた。この実験で使用されたのは、日本で開発された手術支援ロボット「hinotori(ヒノトリ)」だ。hinotoriはどんな期待のもと生まれたのか。そして、アジア太平洋拠点としてシンガポールが選ばれたのはなぜなのか。


北辻博明取締役兼シニアエグゼクティブオフィサー

北辻博明取締役兼シニアエグゼクティブオフィサー

川崎重工業とシスメックスの技術や知見が集結した「hinotori」

内視鏡にロボットの機能を搭載し、患者への負担が少ない低侵襲の手術をより安全に、精密に行える手術支援ロボット——「hinotori(ヒノトリ)」は、日本製の手術支援ロボットだ。実用化は2020年。総合機器大手の川崎重工業と医療機器大手のシスメックスが折半出資して設立したメディカロイド(神戸市)が開発した。ロボット支援手術は、日本国内ではがんや整形外科、カテーテル治療などへ保険適用が広がり、ロボットの普及も進んでいる。ところがhinotori開発当時、医療現場で使われているロボットのほとんどが、先行するアメリカのIntuitive Surgical製の「ダビンチ」だった。

メディカロイドの北辻博明取締役兼シニアエグゼクティブオフィサーはこう言う。

「私たちが開発を始めたころは、手術支援ロボットのほとんどを輸入に頼っている状況でした。日本は産業用ロボットで世界シェアの約半分を占める“ロボット大国”であるにもかかわらずです」

メディカロイドによると、薬事工業生産動態統計の数値で日本は、手術支援ロボットを含む医療機器が1兆8,000億円の輸入超過(2022年)で、国の課題にもなっている。北辻取締役は続ける。

「一方で、既存の医療機器だと、医師からニーズがあってもなかなか改良に至らないという声もよく耳にしていました。そこで私たちは、医師の繊細な手技を実現できる、医師たちのアイデアを形にしたロボットをつくることを目指し、開発に着手しました」

川崎重工業の高いロボット技術と、シスメックスの医療分野でのネットワークや知見を持ち寄り、2015年から毎年1台ずつ試作を重ねた。そうして5年をかけて完成したhinotoriは、日本の手術にも向く仕様となっている。
 


「大きくない手術室にも設置できるように、機械本体がコンパクトです。手術を実行する4本のロボットアームは、人間の腕のように小回りが利くスリムな設計でありながら医師の手の動きを繊細に再現し、高い操作性を実現しています」(北辻取締役)

ロボットアームは、離れた場所に置かれた操作台から術者が遠隔で操作する。その操作台は人間工学に基づいたデザインで、映像を見るビューアの高さや角度、ロボットを操作するアームレストの高さ、フットユニットの奥行きが術者に合わせて調整できるなど、長時間の手術でも疲れにくいよう工夫されている。
 

シンガポールからアジアへ——日本国産の手術支援ロボット「hinotori」の躍進


先進医療が発展するシンガポールを拠点に アジア展開

hinotoriは販売を始めてからもなお、現場の意見を取り入れながら改良が進められている。そして、手術実施症例数が2,000件を超えた2023年9月、シンガポールで販売承認を取得した。これがhinotoriにとって海外で初めての承認になるが、なぜメディカロイドはシンガポールで販売することにしたのか。北辻取締役は説明する。

「日本人の体形に近いアジアであり、その中でもとりわけ先進医療が発展しているシンガポールは、今後、手術支援ロボットの活用の広がりに期待できるので、アジア展開の拠点にと考えました」

同社はまずhinotoriのアジア太平洋地域の拠点として、2022年、シンガポールに現地法人を設立し、それから泌尿器科、消化器外科、婦人科を対象に、販売承認を取得した。

「海外で販売承認の申請をするのは初めてのことで、見通しを立てづらいところもありました。しかし、シンガポール経済開発庁(EDB)から、医療機器の販売承認審査を担う健康科学庁(HSA)を紹介していただくなどいろいろとサポートを受けられたので、想定よりも早く承認を得ることができました」(北辻取締役)

シンガポールのHSAは、国際的な健康基準や規制に準拠するとして世界保健機関(WHO)から「WHO認定機関」に認定され、近隣諸国が医薬品査定を迅速に行えるよう支援もしている。そのため、HSAからの販売承認は、世界全体で製品の信頼度が高まることにつながる。

 

グローバル都市シンガポールで企業価値を高めることが目標

ユニット間をネットワークで接続して遠隔操作も可能である手術支援ロボットは、“遠隔手術を可能にする”という意味でも期待されている。遠隔手術とは、医師がデータ通信技術により画像や音声で手術の状況をリアルタイムで把握しながら、離れた場所にいる患者の手術を指導し、支援する手法である。

この遠隔手術の実証実験は、hinotoriでも積極的に行われている。2023年10月には5,000km以上離れた日本とシンガポール間での実証実験が実施された。その実証実験では、シンガポール国立大学(NUS)から、NUSおよび藤田医科大学(愛知県)の医師がロボットを操作し、藤田医科大学の手術台に設置された模擬の胃から、がんを切除することに成功した。

「ロボットを操作した医師は『0.1秒くらいの遅延を感じたが大きな問題はなかった』と話し、5,000kmも離れているとは思えない操作感で手術できることが明らかになりました。私としては、hinotoriやデータ通信の技術は、既に遠隔手術を日常的に行えるレベルにあると感じました」(北辻取締役)
 

実証実験の様子(シンガポール国立大学側)

実証実験の様子(シンガポール国立大学側)

実証実験の様子(藤田医科大学側)

実証実験の様子(藤田医科大学側)


もっとも、一部に課題は残る。

「日本の手術室にいるメンバーの声が、シンガポール側に届きづらい場面がありました。遠隔手術では拠点間のコミュニケーションが重要になるので、改良を進めます」

実証実験を無事に終えたメディカロイドは今後、シンガポールでのビジネスを足がかりに、近隣諸国に販路を拡大していく予定だ。北辻取締役はそのことに触れ、最後にこう語った。

「東南アジアへの玄関口であり、海路や空路が整備され世界市場へのアクセスが良いシンガポールは、メディカロイドがアジア展開を進めるうえで重要な位置づけにあり続けると思います。世界から集まるシンガポールの優秀な人材とともに、これからビジネス面、技術開発面の双方で、企業価値を高めていきたいです」

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