5
「シンガポールは経済成長を続けるために世界のトレンドに適応しなければならない」

「シンガポールは経済成長を続けるために世界のトレンドに適応しなければならない」

リー首相がダイソンの新しい本社の開所式で演説


家電大手のダイソンは2022年3月25日、シンガポール南部ハーバーフロントにある歴史的建造物「セント・ジェームス発電所」の新しいグローバル本社に、正式に移転した。同社は、今後4年間でシンガポールに15億SGD(約1400億円)を投資し、技術者と科学者を250人以上増やして研究開発チームを拡大すると発表した。 オープニングセレモニーで、リー・シェンロン(LEE Hsien Loong)首相は、今回の本社の移転により、この地で働く人々にエキサイティングな仕事の機会が与えられ、世界市場に向けて新しい製品を開発していくことができる、と述べた。 一方でリー首相は、投資競争の激化や地政学的緊張の高まり、サプライチェーンのオンショアリングを進める動きなどにより、今後もグローバルな力に影響を与えるには、小国であるシンガポールでは限界があると指摘。そのうえで、シンガポールが競争力を維持し、経済成長を続けていくためには、そうした世界の動向に適応しなければならず、適応は可能だとの見解を示した。またリー首相は、経済成長は包括的なものであり、社会のあらゆる層に恩恵をもたらすと誓った。

 

リー首相「社会の気風はオープンであり続けなければならない」

ダイソン創業者のジェームズ・ダイソン卿を含む聴衆を前にリー首相は、国境や貿易のみならず国民の気風においても、シンガポールは世界に開かれ、つながり続ける必要があるとして、「私たちの社会の精神は、オープンであり続けなければならない。新しいアイデアや才能を歓迎し、常に外部から学び、変化に抵抗したり、自己満足に陥ったりしないでほしい」と話した。さらにシンガポールのこれまでについて、「世界中から優秀な科学者やデザイナー、エンジニアを集め、多様なアイデアや文化を受け入れ、さらにシンガポールらしさを加えて私たちの文化的背景に合うようにしてきた」と述べた。

さらにまたリー首相は、特に政治的に国外からシンガポールに仕事に来る人々を阻もうとする傾向がある中で、オープンな状態を維持するのは簡単なことではないと指摘。「しかしもし国外からの人々を締め出すようなことをすれば、私たちは間違いなく自滅する。経済が停滞し、シンガポール人の雇用機会は増えるどころか減少し、国の長期的な展望が危ぶまれることになる」と話す。

またそのために、これからも産官学の緊密な連携でイノベーションを促進し、STEM分野(科学、技術、工学、数学)において、国外からの人材を歓迎し、育成していくという。

これらはすべて、より活気あるダイナミックな経済を構築するための重要な戦略だが、リー首相はシンガポールが繁栄を続けるためには、社会政策も正しく行われる必要があると語った。

「シンガポール経済を成長させるために、海外から投資や人材を誘致する一方で、この成長自体が包括的で、すべての人を高め、社会のあらゆる層のシンガポール人が経済成長の成果の分配を受けられるようにしなければならない。取り残される危険性のある人々には特別な支援の手を差し伸べ、そして、技術革新によって居場所を奪われたり壊されたりする可能性がある人々には、雇用と生産性を保つための支援や訓練を提供していかなければならない」

加えてリー首相は、今年の予算は、より公平で包括的な社会を構築することを目的としていると言及。「なぜなら最終的には、すべての人がシンガポールの成長に関与すべきだから」と理由について語り、「そうすればシンガポール人は、国を開放し続けることを支持し、私たちの社会に溶け込み、私たちの発展に貢献することを望む人たちを歓迎し続ける。それによって、シンガポール人が現在享受している成長と繁栄の好循環を維持できるようになる」と説明した。

ダイソンがシンガポールに4年間で15億SGDを投資

コードレス掃除機や羽根のない扇風機などの製品で有名なダイソンは、49億SGD(約4600億円)のグローバル投資計画の一環として、シンガポールに今後4年間で15億SGD(約1400億円)を投資する予定だ。

同社は、シンガポールで現在1400人以上を雇用。そのうち560人が技術者と科学者だが、今後の投資には、ロボット工学、機械学習、AI、センシング、ビジョンシステムなどの分野の技術者や科学者250人以上を雇用する計画が含まれている。

資金はそのほか、技術開発を推進するために、進行中の大学の研究プログラムの支援にも使われる予定だ。

ダイソンは2018年、シンガポールの国立大学の南洋理工大学にスタジオを開設し、現実世界の問題に対する工学的ソリューションを開発するための設備と環境を学生に提供した。

ダイソンの慈善団体であるジェームズ・ダイソン財団も今年、シンガポールの大学の学際的なエンジニアリング施設と、ダイソンのエンジニアによるメンター制度に300万SGD(約2.8億円)を出資すると発表している。

リー首相は、「ダイソンのような企業は、シンガポールの人々に多くの機会を与え人材育成をし、同社の現地社員が活躍し成功するためのあらゆるチャンスを与えてきた」と述べた。

シンガポールがダイソンに選ばれた理由

シンガポールは、ダイソンの研究・エンジニアリングチームや、商業・先端製造・サプライチェーン業務の拠点となっており、また多くのダイソン製品の心臓部であるDyson Hyperdymiumモーターの主要な製造拠点でもある。

リー首相は、ダイソンのような企業は多くの経済圏から求められているため、世界中どこにでも拠点を置くことができると説明。「彼らがシンガポールに来る理由は、ビジネスのしやすさ、政治的安定、人材の確保のしやすさ、法治主義の浸透などさまざまな要因があるが、そのなかには、このセント・ジェームス発電所のような建物も含まれている」と表情を緩めた。

ダイソンが、ハーバーフロント地区にある11万平方フィートの国定記念物のセント・ジェームス発電所への引っ越しを開始したのは昨年末。同社が広く期待されていたシンガポールでの電気自動車の製造計画を断念してから約2年後のことだった。

英国人発明家であり、億万長者の起業家でもあるダイソン卿が設立した同社は、2004年からシンガポールでデジタルモーターを生産。2007年には技術・開発センターの「シンガポールサイエンスパーク」に、従業員10人の最初の事務所を開設した。

リー首相は、シンガポールが競合する他国より優れているのは偶然ではなく、当然のことと繰り返し示し、「私たちは、その優位性を守るために努力を続け、強化しなければならない。このことは、外的環境が非常に厳しくなっているだけに、なおさら重要だ」と述べた。

さらにリー首相は、各国がパンデミックからの回復を目指すなか、世界中で競争が激化していると指摘。地政学的な緊張の高まりやロシアのウクライナ侵攻が、多国間経済協力の枠組みに根本的な歪みを与えようとしているとの認識を示し、「多くの国がすでに、レジリエンスと国家安全保障上の理由で、サプライチェーンのオンショアリングを強化している」と述べた。「これらは、グローバル化と安定したルールに基づく国際秩序のもとで長年繁栄してきたシンガポールに対する深刻な脅威だ」と危惧した。

技術系企業は将来、人材の確保ができ、歓迎してくれる場所ならどこにでも行くと、リー首相は言う。「これはシンガポールの未来でもある。シンガポールを新しいアイデアや科学の進歩の拠点とするために企業や人材を歓迎するべきだ」と述べた。

 

Translated from the original article, ("S'pore must adapt to global trends to grow economy: PM Lee at opening of Dyson's new HQ”, ST “Mar 25, 2022”). Any errors are the translator's own.

Source: The Straits Times © SPH Media Limited. Permission required for reproduction.

関連記事