2019年は製造セクターにとって厳しい年だったが、メディカルテクノロジー(メドテック)サブセクターはこれまで絶好調で、アジアでの高度な医療機器への需要増大やデジタル化がもたらす機会を背景に好調を維持すると予想される。
バイオメディカル製造セクターの半分を占めるメドテック産業は、比較的安定し多くの雇用も創出しており、人材への需要は今も増え続けている。
ビジネスタイムズ紙(The Business Times)との独占インタビューで、シンガポール経済開発庁(EDB)でアドバンストマニュファクチャリングを担当するリム・コックキアン(Lim Kok Kiang)副次官は、「予測不能な短期変動」が起こり得る今日の不確実な経済状況にもかかわらず、メドテック産業全体の長期的ファンダメンタルズは力強さを保っていると述べた。
「アジア経済が成長を続けていること、そして、この地域ではより洗練された製品・サービスをますます求めるであろう新興国の中流階級が生まれていることは紛れもない事実だ」と語り、人口の高齢化も進んでいると付け加えた。
公式データによれば、シンガポール経済へのメドテックセクターの寄与は、2008年に31億SGD(約2,460億円)にすぎなかったものが2018年には133億SGD(約1兆550億円)に達した。同セクターの雇用数も伸びており、同期間中に80%以上増えて2018年は14,806人だった。
2019年初めから8月までのメドテックセクターの規模は2018年同期と比べて6.7%拡大した。この寄与もあってバイオメディカル生産量は同期間に8.7%増加した。バイオメディカルセクターの残り半分を占める医薬品製造業も9.4%拡大して同セクターの成長に寄与した。ただしこのサブセクターは不安定な傾向があり、2桁の成長をした月の直後にマイナス成長へと急降下することもある。
一方、エレクトロニクスセクターは世界中で苦戦を強いられている。シンガポールでは同セクターの2019年1月~8月の生産高が前年同期比で7.8%縮小した。
「シンガポールの製造セクターは活動ベースが多岐にわたり、それは実のところ非常に望ましい。なぜなら、究極的に産業ごとにサイクルが異なり、優れた産業ミックスによって持続可能な製造セクターが可能になるからだ」と同副次官は述べた。
「その観点から、ヘルスケアそして特にメドテックは、製造業がより安定的で持続可能な成長を続けることに必ず貢献するだろう」
バイオメディカル産業を経済の重要な柱にするというシンガポールのビジョンが掲げられたのは、約20年前に政府が生物医学研究と生命科学分野での人材育成と産業力を築き始めた頃だった。メドテック産業は引き続き人材の増強が必要だが、このビジョンのおかげもあってこれまで必要な人材を獲得できていた。
人材紹介会社のランスタッド(Randstad)によれば、メドテック産業の求人は過去2年で5割増加し、特に研究開発(R&D)、IT、製造の職種で伸びた。
補聴器メーカーのシバントス(Sivantos)のシンガポール本社で働く1,183人の7割以上がシンガポール人または同国の永住者で、同社によると従業員の4割が「熟練労働者」だ。同社は最近、デンマークを本拠とする補聴器会社のワイデックス(Widex)と合併してWSオーディオロジー(WS Audiology)となった。
「シンガポール参入の戦略的理由は多数あるが、その一つは、メドテック産業で私たちが市場を拡大するのに不可欠な、この分野の人材を獲得しやすいこと」とWSオーディオロジーのチーフオペレーションオフィサー、ディ・フィオーレ(Di Fiore)氏は述べた。
同社が作る補聴器500万個の8割超が実はシンガポールで製造され、製品ポートフォリオの7割は同国内のみで製造される。製品は125カ国に出荷され、主な市場は欧米と日本だ。
同社の野心は成長を継続することと「過去5年間と同じように成長する」ことだと同氏は話したが、具体的な数値は挙げなかった。
他には、ボストンに本社を置きシンガポールでも活動する大手メドテック企業、サーモ・フィッシャー・サイエンティフィック(Thermo Fisher Scientific)は、シンガポールでの生産高が過去3年で8億USD(約878億円)に倍増したと述べた。同社は「高付加価値」製品と自社で呼ぶものをシンガポールで製造し、同国内のR&Dチームはゲノム応用を行うためのクラウド対応機器を同社内で初めて開発した実績を持つ。
同社が1996年に創業したときの製品ラインは、遺伝子研究に使われるDNA増幅器を含めて製造ラインはわずか4つだった。今日、10以上の製品ラインがシンガポール国内のみで生産されている。
東南アジアと台湾のサーモ・フィッシャー副社長兼ゼネラルマネージャーのラビ・シャストリ(Ravi Shastri)氏は、人口6億5,000万人のアセアン市場へのアクセスを考えるとシンガポールはアジアの重要基地だと言う。
同氏はメドテックも景気低迷の影響を避けられないと考えるが、ヘルスケアが重視される限りメドテック産業の見通しは明るいと確信している。
「たとえば、私たちは環境サイドで巨大なビジネスをしており、これら(の問題)は日常生活に悪影響を及ぼす。シンガポールにはヘイズがあり、マクロ環境がどうであれ人々はきれいな空気を吸うことを重視するだろう」と、同社の取扱製品であるエアーサンプラーの話に絡めて同氏は述べた。
メドテック産業に参入して間もない企業のひとつで整形外科用インプラントメーカーのシンテリックス・アジア(Syntellix Asia)は、シンガポールでの事業を5年以内に20倍に拡大したいと考えている。そのための投資総額は約2億SGD(約159億円)、予想累積売上は5億SGD(約397億円)となる見込みだ。
同社は特許取得済みのマグネシウム合金で作られる生体吸収性骨インプラントを専門とする。シンガポールを通してアジア市場を捉える計画を持ち、2019年9月初めにシンガポールの製造工場を開設した。
シンテリックスの創立者でCEO兼執行会長のウッツ・クラーセン(Utz Claassen)氏はビジネスタイムズ紙に話す中で、シンガポールのヘルスケアインフラと銀行金融システムを絶賛し、この国にはメドテックで起業を成功させるのに必要なものがすべてそろっていると述べた。
同氏は次のように述べた。「シンガポールがアジアでトップのメディカルサービスハブであるなら、そこは私たちの販売・流通・生産活動のハブでもあるべきだと、私たちは考えた」
EDBのデータによれば、世界の大手メドテック企業50社が地域本社をシンガポールに置いている。このセクターの拡大とともにこれらの企業が恩恵を受けるとメドテック企業は話す。
「これらのエンドセグメントに参入してシンガポールに投資するより多くの企業が増えれば増えるほど私たちにとってはよい。これらはすべてエンドマーケットなのだから」とシャストリ氏は語った。
リム副次官は次のように述べた。「そのことはより広い範囲にも当てはまる。参入した企業の一部が現地パートナーと提携して部品やコンポーネントを供給することもあり得る。こういった様々なエコシステムもまた、シンガポールが提供できるバリュープロポジションの一部だと思う」
出典:ビジネスタイムズ