電子機器の受託製造を行うサービスとして知られるEMS(Electronics Manufacturing Services)。近年、製品企画や設計のみ行い、生産設備を持たないファブレスメーカーの増加で、年々その重要性を増しつつある。そんなEMSの草分け的な存在がシークス株式会社(以下、シークス)だ。
シンガポールから全世界へ 進化するEMSのパイオニア
電子機器の受託製造を行うサービスとして知られるEMS(Electronics Manufacturing Services)。近年、製品企画や設計のみ行い、生産設備を持たないファブレスメーカーの増加で、年々その重要性を増しつつある。そんなEMSの草分け的な存在がシークス株式会社(以下、シークス)だ。
まだEMSという言葉がなかった時代に電子部品の調達から製造、組立まで、モノづくりのワンストップサービスを続けてきた。そんなシークスのEMS事業はシンガポールとインドネシアのバタム島を拠点に、あらゆる電子機器を開発段階から行いグローバルに展開している。本ケーススタディでは、シンガポールに開発や営業・マーケティングの統括拠点を置き、そのバタム島に製造拠点を設けることで、両国の特長を活用した海外展開を行っている。
シークスのEMS事業の始まりは60年以上前にさかのぼる。もともと1957年に阪田商会(現・サカタインクス)の貿易部としてスタートし、フィリピン向けに日本製電子部品の輸出を開始したのが始まりである。1979年から1980年代にかけて日系企業や欧米企業など、数多くの製造業がシンガポールに生産拠点を設ける中、電子部品の調達と部品の物流代行という事業でスタートした。シークスが初めてシンガポール駐在事務所を開設したのが1972年、1974年には販売と物流を中心とした現地法人を設立し、本格的に電子部品の調達ビジネスを開始した。当初は、現地に進出する日本企業に対して電子部品の調達を行うのが中心であったが、その後、各顧客の製品ごとに電子部品をカスタマイズしてピッキングするサービスを開始。生産状況に応じてジャストインタイムで届ける「キッティングビジネス」は大ヒットし、事業が大きく拡大する。その後1980年代後半に大手家電メーカーからの要望で、基板実装から製造設備そのものを海外に移転したいという要望から、合弁事業としてシークスが基板実装をスタートさせたのが今のEMSの始まりである。その後シンガポールとインドネシアの共同プロジェクトであるバタム島の工業団地に進出し、1994年に自社工場に移行した。今では情報機器、産業機器、教育関連機器、車載から、通信、IoT、ロボティクスまであらゆる電子機器の完成品を世界中に出荷している。そしてグローバル展開の中核拠点となっているのが、シンガポールとバタム島だ。バタム島はシンガポールの南約20㎞に位置し、フェリーで40分ほどの距離にある。シークスでは、シンガポールで設計、開発、部材調達、営業といった地域統括と開発の機能を持ち、バタム島が生産工場という役割を担っている。
EMS事業においてシンガポールは部材調達の一大ハブとしての機能を担っている。シークスが製造する製品は、あらゆる分野に及んでおり、製品ごとに使用される電子部品、パーツ類をいかに効率的に無駄なく調達するかが鍵となる。そうした点から、シンガポールにはあらゆる部品メーカーのヘッドクオーター、代理店が数多く進出してきており、調達の恰好の場である。この部材調達のハブとしての役割を実現している背景には、周辺諸国も巻き込んだ部品調達インフラの存在が大きい。シンガポールの周辺には電気系の部品、機構系の部品ともに一大生産地が控えており輸送が最小限で済む。例えばマレーシアは電子部品の一大生産地であり、スピーディに供給が可能だ。またこの供給体制を可能にしているのがシンガポールの港湾設備である。シンガポールは航路や船便が確立されており、空輸では電子通関によって1日で部品が調達できる。調達された部品はバタムの工場まで最短40分で届けることができ、同日に工場に搬入することが可能だ。この生産体制のメリットは在庫リスクを減らすだけではなく、仮に不具合が起こった際には、すぐさま部品が供給されることから、次のロットの改良にすぐに取り掛かることができる。生産のダウンタイムを無くし、より高品質で効率的なモノづくりを実現することができる。一方、バタム工場とシンガポールとの関係は、コンテナ輸送でもメリットがある。シンガポールで調達された部品はコンテナを使ってバタム工場に搬入されるが、搬入する部材と出荷する完成品の体積量がほぼ同じなためコストメリットが得られる。シークスではこうした部品調達のハンドリングをシンガポールで行っており、最小限の在庫を実現するとともに、各部材メーカーへのオペレーションも最小化することで必要な量を、必要な時にだけ使用するジャストインタイムの生産方式を確立している。
グローバル化が進む現代では、新興国経済の急速な発展によって製品に対するニーズが多様化するとともに、変化のスピードも速くなっている。こうした状況から、EMSのニーズも従来のような調達や製造、組立という枠組みにとらわれず、製品開発の段階から関わる要望が増えているという。こうしたニーズに合わせて、シークスのEMS事業は範囲を広げ拡げ、DFMやJDMという新たなサービスもシンガポールで展開している。DFMはDesign for Manufacturabilityの略で、設計の段階からシークスが関わるというものだ。これは製品企画から始まり、回路設計、工法開発、工程設計、試作など製造前の製品開発を行うもので、それに応じた部品調達も行い完成品まで仕上げていく。またJDMはJoint Design and Manufacturingの略で、共同設計製造を行うサービスだ。これはシークスの持つグローバルネットワークを活かし、開発パートナーと組んで企画開発から設計、製造まで行うサービスだ。JDMの開発パートナーはシンガポールを中心に15社ほど連携しており、例えば光学系開発パートナーと小型のカメラユニット開発を手掛けたり、電池パックの設計開発パートナーで、産業用、医療用のバッテリーパックの開発に取り組んでいる。こうした開発パートナーとのネットワークによって、通信、IoTといったデジタルテクノロジーに関する製品開発を一気通貫でできる。こうした高度な開発や設計を支えているのがシンガポールの技術者で、設計と製造に精通するだけではなく、バタム工場で製造された部品の検査や品質管理に至るまで高品質なモノづくりを実現する体制を構築している。シークスは、シンガポール技術者と開発パートナーとの共同設計・開発により、IoT、AI、ロボティクスといった次世代テクノロジーなど、あらゆる電子機器を設計から試作、調達、生産、品質管理に至るまで一貫して行うことができる。これによりメーカーは技術に精通する人材を現地に送り込む必要がなく、スピーディに低コストで製品化を行うことが可能となる。トレンドやニーズの変化が速い現代の製品開発では、自社のリソースだけですべてを開発するのは難しい。シークスはこうした時代をとらえたモノづくりの仕組みをシンガポールに拠点にすることで実現している。
またシークスは、シンガポールにおいて、スタートアップとの共同開発や製品化支援も行っている。シンガポールはデジタル競争力でアジア1位であり、4,000社以上ものスタートアップが活動する一大ハブだ。シークスではこうしたスタートアップエコシステムの中において、設計や試作、部品調達、生産、さらには世界中に展開できる販売網という強みを活かし、開発支援を行っている。シンガポール国立大学(NUS)や南洋理工大学(NTU)、シンガポール科学技術研究庁(A*STAR)のスタートアップの支援などを行っている。実際に開発パートナー企業との協業で生み出された製品として、新型コロナウィルスの追跡トラッカーデバイス(トークン)TraceTogether Tokenがある。このTraceTogether Tokenは、シークスシンガポール法人と、シークスのパートナー企業であり、ワイヤレス技術に焦点をあてたIoTサービスプロバイダー企業iWOWTechnologyと共同で開発されたものだ。また、シンガポール水道局(PUB)の自動検針を実現するシステム開発もシンガポールのパートナー企業と行っている。このようにシークスは、EMS事業で培われた調達から製造、グローバル販売という強みと、シンガポールの開発パートナーとの連携によって、スタートアップ育成や、新たなイノベーション製品の拡大に取り組んでいる。
シークスは今後、バタム工場の自動化・デジタル化によって、複雑化し多様化するものづくりに対応していくことを計画している。今後、グローバル化による製品の多様化はさらに進み、製品のバリエーション拡大が予測される中、スマートファクトリーに進化を遂げることで、人員を製品ごとに拡大しなくても、高品質で効率的な生産体制を確立することができる。そして、新たなスマートファクトリーを支えるエンジニアがシンガポールとバタムには存在しており、それをトリガーにしてグローバルに事業を展開していく計画だ。