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世界が注目するシンガポールの代替タンパク質市場

世界が注目するシンガポールの代替タンパク質市場

世界的な食料危機が現実味を帯びるなか、食の未来を変えようとシンガポールが特に着目しているのが、肉や魚に代わるタンパク源「代替タンパク質」だ。官民連携で産業育成の取り組みを加速。世界で初めて培養肉の販売を認めた国として、その市場にも注目が集まっている。しかし、なぜそれほどまでに代替タンパク質の産業育成に力を注ぐのか。シンガポール経済開発庁(EDB)のアグリフード分野の担当部長ジョン・エン(John Eng)氏がその背景について説明する(2021年7月2日開催のEDB Webinar: Pioneering Alternative Proteins in Singaporeより)。


食料およそ90%を輸入に頼る現状に危機感

代替タンパク質をはじめ、先端技術の活用によって食料分野で新しい食品やサービスなどを開発するフードテックがグローバルトレンドになりつつあり、シンガポールでも開発に力を注いでいる。その背景をジョン・エン氏はこう語る。

「増加する世界人口は2050年までに100億人に近づくと考えられ、その人口を養うためには、食料生産量をいまより70%増加させなくてはなりません。しかし、農業生産のための用地や水資源には限りがあるうえ、気候変動により不作も発生。畜産は地球温暖化を引き起こす温室効果ガスを大量に排出し続けており、さらに、アジアにおける鳥インフルエンザの危機など、サプライ・ショックのリスクも高まってきていて課題が山積みです。そのため、食料の生産に関して、グローバル全体でよりサステナブルな方法を見出していく必要があるのです。」

そうした状況のなか、農業用地が国土の1%にも満たないシンガポールでは、葉もの野菜は国内需要の14%、卵は26%、魚は10%しか生産できておらず、食料のおよそ90%を輸入に依存。気候変動による生産減少や人口増加による食料需要の増大といった食料事情の変化に対して脆弱であり、そのことに危惧を感じたシンガポール政府は、食料安全保障をより強化し、今後も食料の安定的な供給を確保していくために、「30×30」を掲げたのである。

「30×30」とは、2030年までに栄養ベースでの食料自給率を30%まで引き上げる目標で、「いかにシンガポールの食のサプライチェーンが弱いかということを、コロナ禍でも改めて気づかされました」とジョン・エン氏。新型コロナウイルスのパンデミックでサプライチェーンの遮断を受け、「30×30」の目標達成の必要性を痛感したという。

「代替タンパク質はエキサイティングなチャンス」

「30×30」の目標達成に向けて、シンガポールが特に産業育成に力を入れているのが、都市農業、水産養殖、代替タンパク質の3つ。

都市農業とは、その名の通り都市で行う農業のこと。ロボット工学やLED照明、データ分析の技術の駆使により農業生産の効率を高める研究開発が進められており、従来の農業に比べて水の使用量を95%削減し、同じ面積の土地で100倍の収穫量を得られるようになってきている。その結果都市での農業が可能になり、現在シンガポールの都市農業では、年間1万2,000トンの野菜や果物が作られている。

効率的なタンパク質の生産方法である水産養殖の育成にも力が注がれる。1ポンドの牛肉を生産するのに飼料約7ポンドを要する畜産に比べて、水産養殖は収穫される水産生物1ポンドあたりの飼料消費量が1ポンド程度。畜産よりも効率がよく、より生産性の高い養殖の方法を研究しているところである。

そして、伝統的な農作物や家畜以外から得られるタンパク質である代替タンパク質。これについて、「代替タンパク質は肉の代わりともなり、この産業が育成すれば、やがて畜産に置き換わっていく可能性があります。非常にエキサイティングなチャンスです」とジョン・エン氏は語る。

いま求められる新たな食のソリューション

代替タンパク質の長所として、例えば、植物を使った人工肉のなどを製造しているアメリカのImpossible Foodsが生産する代替タンパク質のImpossible Burgerは、従来の畜産と比べて水の使用量が87%、土地の使用量が96%減る。温室効果ガス排出量は89%、水質汚染物質は92%削減可能で、地球環境に優しく生産効率が高い。

そんな代替タンパク質にはいくつかの種類があり、植物を原料とする植物肉や、家畜から細胞を取り出し培養して作る培養肉など、実にさまざまな開発が行われている。ジョン・エン氏はそのことに触れたうえで、こう力を込める。

「新しい食のソリューションを世界が必要としています。いつかの段階で、多くの代替タンパク質が消費される時代がやってくると思います。どんな代替タンパク質が開発可能であり、市場を形成できるのか。代替タンパク質の産業育成はいまから着手して将来に備えるべきことなので、世界の企業と連携して、グローバル全体で食の生産をよりサステイナブルにしていけるよう、一石を投じられればと思っています。」

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