—なぜ、シンガポールにAI企業の進出が増えているのでしょうか。
多くの企業は、顧客を探しています。また、重要な人材の雇用や、信頼できるビジネス・エコシステムも求めています。AI企業の多くがシンガポールに集まるのは、シンガポールが“自信を持って長期的に大きな投資を行うことができる場所”だからです。
シンガポール政府はAI分野に力を入れており、今年も増額した資金を投入しています。収益については、シンガポールにある多国籍企業の多くが、AIスタートアップ企業の潜在的な顧客となっています。多国籍企業はシンガポールを拠点に地域を統括しているので、彼らが顧客を探すために集まるのは自然なことです。さらに、シンガポールには優れた教育機関があり、グローバル人材に門戸を開いているため、ここでチームを立ち上げるのは当然の流れなのです。
—これはトレンドの始まりなのでしょうか。
私は、まだ初期段階にあると思います。OpenAIが普及させたChatGPTのような生成AIモデルが登場したのは、2022年11月。まだ2年も経っていません(当時)。つまり、この潮流は始まったばかりなのです。
一方で、それ以来、二つの主要な分野にエネルギーが集中していることが見て取れるようになりました。一つは、OpenAIなど、AIのイノベーションを推進するスタートアップ企業です。当然ながら、それらの企業のいくつかは、シンガポールでのビジネスチャンスに注目しています。もう一つは、AIを活用して既存のビジネスにインパクトを与えようとしている大手多国籍企業です。 例えば、世界経済フォーラム(WEF)は、シンガポールのトゥアスという地区にあるコカ・コーラの製造工場を、「ライトハウス工場」に認定したと発表しました。これは、AIの活用で工場の生産性と処理能力を向上させている、世界をリードする施設として認められたことを意味します。
—AIは非常に広い概念で、あらゆる分野を含んでいますが、今後シンガポールに進出する大手AI企業は細分化されていくのでしょうか。
生成AIには大きな期待が寄せられていると思います。しかしAIはそれにとどまらず、本質的には、データを効率的に活用して重要な意思決定を行い、実世界にインパクトを与えるものなのです。そのため私たちは、製造業であれ金融サービス業であれ、業界にとらわれることなく、AIでビジネスにインパクトを与えようとする企業と協力することに重点を置いています。
例えば、アメリカン・エキスプレスは、AIと機械学習を活用したマーケティングやサービスモデルの開発を行う「意思決定科学チーム」をシンガポールに配置しています。そのチームは、マーケティングや営業支援、ソリューションの分野で生成AIを活用し始めています。今後、ますますこのような動きが増えていくと思います。
—これらの動きはシンガポールに、経済や社会の変化が広がるトリクルダウン効果やドミノ効果をどのような形でもたらすのでしょうか。また、経済的な波及効果としてはどのようなものが予想されますか。
非常に直接的な恩恵がいくつかあります。まず、AI企業の進出が増えれば、特にエンジニアリングや技術分野において、魅力的な雇用機会が生まれることになります。
次に、シンガポールに拠点を置く大企業、中小企業、多国籍企業、地元企業などすべての企業にとって、AIを導入する機会、自社のビジネスにAIを活用する機会が広がります。AIは競争力を高めるためのテクノロジーであり、これが企業レベルでのメリットです。
また、研究機関にも大きなメリットがあります。シンガポール国立大学(NUS)、南洋理工大学(NTU)、シンガポール工科大学(SIT)なども、AI分野の研究に関わっています。SITは今年初め、AIの革新を支える半導体チップの多くを製造しているNVIDIAと協定を結びました。そして彼らは、応用研究に焦点を当てたAIセンターを設立しました。 NUS は、シンガポールで配車アプリサービスを提供しているGrabなどの企業と協力し、交通の効率性や信頼性の向上にAIを活用しています。
そのように恩恵はかなり多面的だと思います。私たちは“AIがどのように産業を再構築していくのか”を最前列で見ることができるのです。
—新たな投資では、生成 AIや、さらに活用領域を広めた応用AIに対する割合が増えているのでしょうか。
それについて語るのはまだ早いと思います。先ほど申し上げたように、生成AIという言葉が使われ始めて、まだ2年ほどです。さまざまな推計がありますが、この2年間で誕生した生成AIに関わる企業は、数百社にのぼると見ていいでしょう。しかし、数以上に重要なのが、現実世界にどのようなインパクトを生み出しているかということです。
製造業や金融サービスについても少し触れましたが、この分野に注目している地元企業もたくさんあります。ヘルスケア分野では、シンガポールでスタートしたBot MDという会社が、AIを使って臨床医のためのシステムを構築し、医師の医療活動を支援しています。そのように、エキサイティングな取り組みはまだまだ始まったばかりなのです。
—シンガポールは世界のAIの中心地になれますか。
私たちは、成長地域である東南アジアに位置しているという非常にユニークな立場にあります。東南アジアのデジタル経済は、シンガポール政府系の投資会社であるTemasekとGoogle、コンサルティングファームのBainが発表したレポート「e-Conomy SEA」によると、2030年までに約1兆米ドル(約153兆円)の市場規模に成長すると予想されています。
そしてAIは明らかに、デジタル経済の発展を後押しする存在として機能しており、ここには大きなチャンスがあります。私たちは、目の前にあるこのような機会を企業が追求することを奨励したい。つまり、競争ではなく、チャンスに目を向けたいと思っています。
*本稿は、EDB“For AI-driven businesses, Singapore is a launchpad for growth in Southeast Asia”を翻訳・再構成したものです。
*1米ドル=約153円(2024年11月10日時点)