10月に行われたシンガポール経済開発庁(EDB)主催による最新の説明会において、日本企業がシンガポールの戦略的な優位性を活かし、東南アジア市場でのプレゼンスを拡大する方法について新たな見解が示された。シンガポールには、すでに1,000社以上の日本企業が進出している。日本の企業は、シンガポールの安定性や中立性 、優秀かつ豊富な人材、東南アジアにおける6億7,000万人の消費者に近接する好立地などを存分に活用しているのだ。
不確実な時代における東南アジアの成長と展望
国連の最新レポート(*1)によると、2023年の世界の外国直接投資(FDI)フローは、貿易摩擦や地政学的緊張の影響を受けて2%減少した。しかし、東南アジアはそのトレンドに逆らい、FDI流入は1.4%増加している。人口が6億7,000万人を超え、年間4〜5%の成長率を誇る東南アジア市場(*2)は、多くの企業にとって大きな魅力となっている。さらに、ASEAN諸国は企業誘致のためにビジネス環境や規制の改善を続けている。
イノベーションとAIで成長を加速
企業誘致の努力に加えて東南アジアの成長を後押ししているのは、地域のイノベーションやAI技術の活用である。特にシンガポールは、ビジネス環境の改善だけでなく、技術革新の分野でもリーダーシップを発揮している。
シンガポールの280億SGD(約3兆1920億円)に及ぶ公共のR&D投資と優れた実績は、資生堂や大林組など多くの企業を引き寄せている。資生堂はシンガポールを拠点にアジア市場向けの新製品開発を行っており、大林組は次世代建設技術を推進するためのアジア地域のR&D拠点を設立した。
参考記事:
- すべての人に希望と幸福感を届けたい——資生堂の150年にわたるビューティーイノベーションとこれから
- 大林組が新R&D拠点で進めるオープンイノベーション——シンガポールのエコシステムの活用で建設業の未来を切り拓く
さらに、シンガポールのイノベーションエコシステムは従来のR&Dを超え、国のAI戦略「National AI Strategy 2.0」によって強化されている。今年2月に発表されたこの戦略では、今後5年間で10億SGD(約1兆1400億円)以上が投資され、AIコンピューティング能力の強化、AI人材プールの3倍化など、業界の発展が進められる。この戦略の一環として、シンガポールは主要テクノロジー企業と提携し、企業によるAIソリューションのプロトタイプの開発や、社員をトレーニングするためのインフラや専門知識を提供している。
たとえば、シンガポール政府とGoogleによる共同イニシアチブ「AI Trailblazers」では、英製薬大手GSKが参加し、2つの社内AIツールを開発。これにより、それぞれ450人/日と5,000人/日の工数削減に成功した。同様に、ソニーリサーチとAIシンガポール(AISG)は東南アジア向けに特化した大規模言語モデル(LLM)である「SEA-LION」を通じて、東南アジア言語に特化したAIソリューションの研究に取り組んでいる。この共同プロジェクトでは、タミル語や他の東南アジア言語に対応したモデルのテストを行い、AI技術が地域の言語や文化に対応できるよう開発が進められている。
また、企業がスタートアップとの協業を通じてイノベーションを追求する動きも見られており、EDBは、企業が新規事業の立ち上げにおいてスタートアップと協力して革新的なソリューションを開発するための「Corporate Venture Launchpad 3.0」を開始、最近さらに予算を60%増加して3,200万SGD(約36億4800万円)とした。経済産業省と日本貿易振興機構(ジェトロ)、シンガポール政府が共催したイベント「日シンガポール・ファストトラック・2024」では、日本企業とスタートアップが協業し、両国でのイノベーション創出に向けた更なる協力強化を推進している。
参考記事:
- シンガポール経済開発庁、ベンチャー企業の育成支援のために3,200万シンガポールドル(約35億5,200万円)を追加出資 企業とスタートアップとのパートナーシップを促進
- アジア経済を盛り上げる協業促進の取り組み
サプライチェーンの強化と東南アジア
COVID-19パンデミック以降、企業はサプライチェーンを再構築し、東南アジアは多様化戦略の一環として重要な地域となっている。特に「チャイナ・プラス・ワン」戦略を採用する企業が増加しており、東南アジアはサプライチェーンのリスクを軽減する拠点として選ばれている。2023年のEDBとガートナーによる調査では、アジア太平洋地域で既にサプライチェーンを展開している企業の約50%が、今後3年間で東南アジアに新たな製造能力を拡大または構築する計画であることが明らかとなった。東南アジアは製造ハブとしての魅力を増しており、シンガポールはそのゲートウェイとして重要な役割を果たしているのだ。
たとえば、自転車部品や釣り具を製造するグローバル企業であるシマノはシンガポールを地域の意思決定拠点として活用し、高付加価値の製造と流通を行っているが、製造は近隣国で行っている。このモデルにより、シンガポールの広範な自由貿易協定(FTA)と強力な知的財産保護を本社やR&Dに活用しながら、近隣のコスト競争力のある製造拠点を併用しているのだ。また、アサヒグループホールディングスはシンガポールに調達拠点を集約し、年間1億米ドル(約150億円)以上の財務的インパクトの創出を目指している。
参考記事:
- シマノ“未来の工場”完成で島野容三会長が語る、シンガポールの人材を中心とした生産のグローバル化戦略
- アサヒグループがシンガポールに調達機能を集約し、5年間で年平均1億米ドル以上の財務的インパクトの創出を目指す——取締役 﨑田薫氏に話を聞く
日本企業のための安定したリージョナル・ヘッドクォーター
シンガポールは、東南アジアの成長に対応するため、日本企業が地域統括本部(RHQ)を設置する安定した拠点としての役割を担い続けている。シンガポールにはASEAN内で最も多くの日本企業のRHQがあり、長年にわたって拠点としている企業も少なくない。東南アジアの成長が続く中、シンガポールは、日本企業がこのダイナミックな市場での課題と機会を乗り越えるための信頼できるパートナーとしての役割を果たし続けているのだ。
*1SGD=約114円、1米ドル=約150円(10月20日時点)
(*1) World Investment Report 2024: https://unctad.org/publication/world-investment-report-2024
(*2) Regional Economic Outlook (International Monetary Fund): https://www.imf.org/en/Publications/REO/APAC/Issues/2024/04/30/regional-economic-outlook-for-asia-and-pacific-April-2024