世界が気候変動対策のための革新的アイデアを模索するなか、「自然を基盤とした解決策(NbS)」が、気候変動の緩和のための有望なツールとして浮上している。NbSは実際、パリ協定で掲げられた目標達成に必要とされる軽減対策の3分の1を提供できる可能性があると、世界銀行から報告が上がっている1。
簡潔に述べれば、NbSは、自然生態系が持つ固有の能力を利用して炭素排出量を削減し、生物多様性の保護や、気候変動がもたらす影響の軽減など新たなメリットをもたらす。たとえば、沿岸の洪水に対処するにあたり、防波堤等のインフラを使用する代わりにマングローブなどの樹木を沿岸地域に植林することで、嵐の影響を軽減できるほか、生物多様性をもたらす植物や魚類の生息地も確保できる。
東南アジアの自然生態系:NbSの潜在力の宝庫
東南アジアは、生い茂る熱帯雨林をはじめ、沿岸の湿地や活発な海洋生態系など、炭素貯留の可能性に溢れた見事な自然風土を誇っている。
世界全体のNbS活動に占める同地域のシェアは25%に達しており2、地球の陸地面積の同地域の割合と比較すると、炭素削減という点において、そのシェアが格段に大きいということが分かる3。自然資産においても、東南アジアはブルーカーボン埋蔵量が世界最大であり、その貯留量は48億MgC貯留で、続くメキシコの5億MgCを大差で上回る4。
東南アジアのNbSプロジェクトを通じて生み出された生態系サービスは、全世界で推定約1億7,000万米ドル相当の利益をもたらしていることが統計から明らかになっている5。また、東南アジアにおけるNbSの投資利益率6は著しく高く、同時に生物多様性に重要なコベネフィットももたらしている。
これらの数字は、気候変動との世界的な闘いに東南アジアが大きく貢献できる可能性を浮き彫りにしている。
専門知識のギャップ解消への取り組み:信頼性の高いカーボンクレジットへの道筋
NbSは、気候への適応や生物多様性の保全などのメリットのほかに、気候変動の緩和と、高品質なカーボンクレジットを推進するという重要な役割を演じる。しかし、いまだ取り組まなければならない専門知識のギャップというものが存在しており、大きな課題の一つに、東南アジアの自然生態系の炭素貯蔵量と炭素フラックスを推定するための確実な炭素会計の手法が欠如していることが挙げられる。こうした状況にMRV(測定・報告・検証)関連の高額なコストも相まり、NbSプロジェクトから生じるクレジットを具体的に把握する複雑さが増している。
シンガポールは、カーボンサービスのCoE(センターオブエクセレンス)になることを目指し、科学研究の推進に多額の投資を行っている。
2022年11月には、国連気候変動枠組条約第27回締約国会議(COP27)の開催に合わせ、シンガポール国立大学(National
University of Singapore:NUS)の気候変動対策センター(Centre for Nature-based Climate Solutions:CNCS)が、「カーボン・インテグリティSG(Carbon Integrity SG)」と名付けられた1,500万シンガポールドル規模の5年間の研究プロジェクトを開始した7。CNCSが主導するこのプロジェクトは、東南アジア固有の生態系に合わせた信頼性の高いクレジットのための方法論をを開発するべく、パートナーの専門家を結集させる。
また、シンガポールの公園と自然保護区を管理するシンガポール国立公園庁(The National Parks Board of Singapore:NParks)も、海洋気候変動の中核となる科学を進化させ、地域のブルーカーボンの可能性を引き出すことを目的とした2,500万シンガポールドル規模の海洋気候変動科学プログラム(Marine Climate Change Science programme)を主導している。
ほかにもシンガポールでは、NbSに関する科学研究を最前線で行う国際環境NGOのThe Nature Conservancy(TNC)とシンガポール国立大学(NUS)のCentre for Nature-Based Climate Solutions(CNCS)という2つの著名な機関が知られている。これらの機関は、国内外のパートナーと協働して、専門知識のギャップ解消に取り組み、NbSプロジェクトの効果的な導入を支援するための技術開発に取り組んでいる。この研究は、2023年11月開催の国連気候変動枠組条約第28回締約国会議(COP28)で発表されたきわめて重要なNbSツールの開発に大きく貢献した。
卓越した研究拠点:カーボンソリューションと生態系回復のためのCNCSのコラボアプローチ
科学と実践の接点で活動を行う研究機関であるCNCSは、シンガポールおよび東南アジア全域で気候にかかわるNbSを導入し、規模を拡大する際の障壁を理解するために、さまざまなセクターと積極的な対話を繰り広げています。