5
ジュロン島を持続可能な化学・エネルギー産業拠点に

ジュロン島を持続可能な化学・エネルギー産業拠点に

東南アジア最大の化学・エネルギー産業の集積地であるシンガポールのジュロン島がいま大きく変わろうとしている。シンガポール経済開発庁(EDB)が2021年11月に発表した計画「サステナブル・ジュロン島」には、CO2排出量の大幅な削減や、持続可能な製品の生産量の引き上げの目標を明記。その実現に向け、シンガポール政府とジュロン島進出企業が連携し、研究開発やインフラの構築を急ピッチで進めているのである(EDBのレポート:「Sustainable Jurong Island」より)

ジュロン島を持続可能な化学・エネルギー産業拠点に

競争力増すシンガポールの化学・エネルギー産業

シンガポールが世界屈指の化学・エネルギー産業のハブであることはよく知られている。同産業は国内総生産の3%を占め、この10年間で国際競争力を強化。世界貿易機関(WTO)はシンガポールを化学製品の輸出国世界第8位(2019年)にランク付けした。

シンガポールではこの産業でおよそ2万7,000人の雇用が生み出され、技術職や管理職などキャリアアップが可能で高収入が見込める職種の一つになっている。さらに、多くの化学・エネルギー工場は、保守作業や物流、倉庫サービスを商社や請負業者などに外注しており、大きな経済波及効果も生んでいる。

 

2030年までにジュロン島で200万トンのCO2を回収

そんなシンガポールの化学・エネルギー産業の中心地が、シンガポール南西部に位置するジュロン島だ。アメリカの石油大手エクソンモービルやイギリスの石油大手シェルをはじめとするエネルギー・石油化学・特殊化学企業100社以上の工場が立ち並ぶ。また、液化天然ガスの輸入を管理するためのLNG受入基地や天然ガスプロバイダー、シンガポール国内の電力需要の約半分を供給する電力会社などのエネルギー関連会社も多数進出し、一大集積地となっている。

そのジュロン島が大きく変わろうとしている。国連が気候変動を世界最大の脅威と位置づけている現在、国際機関や各国政府が相次いで、サステナビリティに関する政策、枠組み、規制を強化。そうして進められている世界的なエネルギー転換を背景に、シンガポールは2021年2月、環境行動計画「グリーンプラン2030」を掲げ、2025年までに太陽電池発電設備容量を2020年比で4倍にする目標を設定した。

そしてこれを機に、ジュロン島を持続可能な化学・エネルギー産業拠点へと転換するために、企業誘致を進めるEDBは2021年11月、「サステナブル・ジュロン島」を発表。ジュロン島の化学・エネルギー産業において、2050年までに①持続可能な製品の生産量を2019年比で4倍に引き上げ、②低炭素ソリューションにより年間600万トン以上のCO2排出量を削減するという野心的な目標を掲げたのである。

さらに、この長期目標を達成するために、2030年までの主要な目標を、①持続可能な製品の生産量を2019年比で1.5倍に引き上げ、②シンガポールの製油所およびクラッカー(石油化学の原料製造装置)のエネルギー効率を世界の上位4分の1以内にし、③少なくとも200万トンのCO2を回収することと設定した。
 

EDBや企業が連携して進めるジュロン島の資源最適化

EDBはこうした目標を達成するためにも、企業の脱炭素化および持続可能なソリューションの導入を支援する優遇措置を含む、以下のようなインフラ政策やプログラムに急ピッチで取り組んでいる。

 

サステナビリティを取り入れた緑化政策

サステナビリティを考慮した新たな生産体制の構築を、ジュロン島緑化政策の一環として行っていくことを模索中。その生産体制では、資源の利用を最適化することで、工場稼働時のCO2排出量の削減を目指す。

 

資源最適化のためのインフラの構築

ジュロン島には、クリーンエネルギーである天然ガスを活用するためのLNG受入基地や、エネルギーを極限まで有効利用するガスタービン複合発電所など、エネルギー利用の持続可能性向上に貢献する重要なインフラが整備されている。

これを踏まえ、EDBと、工業団地や施設を運営する政府機関のJTCコーポレーションは、ジュロン島に拠点を置く企業の脱炭素化・エネルギー転換のための研究を産業界と連携して行い、資源最適化をさらに推し進めていく。

 

CCU開発を加速させる「CCU Translational Testbed」の構想

CCU(CO2回収・利用技術)の開発と実用化を加速するため、EDBは、シンガポールの科学技術研究の中核を担う政府機関であるシンガポール科学技術研究庁(A*STAR)やJTCコーポレーションと共同で、ジュロン島にCCU試験用のテストベッド施設「CCU Translational Testbed」を設置することを検討している。  この施設では、企業が新しいCCU技術を試験的に導入し、迅速にスケールアップできるよう、最新のテストベッド技術を活用する予定。完成すれば、企業の技術開発を支援することに役立つだろう。

 

企業のCO2排出量削減を支援する優遇措置

EDBは、産業界のCO2排出量削減を支援するために、「生産性改善助成金(REG〈E〉)」と「排出削減投資控除(IA〈ER〉)」の2つの優遇措置を講じている。 REG(E)は、企業のエネルギー効率向上と、CO2以外の温室効果ガスの使用削減を支援するために、2019年に導入された助成金だ。一方、IA(ER)は、企業のエネルギー効率向上を奨励するため、2010年にエネルギー効率化投資手当として導入された。

両制度は2021年に適用範囲を拡大。エネルギー効率の改善やCO2以外の温室効果ガスの削減にとどまらず、分離・貯留したCO2を利用するCCUSなどを含むこととなった。

 

低炭素化ソリューションの研究開発

CCUSと、低炭素社会への移行を支える水素利活用に関する低炭素水素技術の研究開発を支援するため、政府は2020年10月、新たに「低炭素エネルギー研究資金イニシアティブ(LCER FI)」を発表。LCER FIは、今後5年間にわたり、シンガポールの電力および産業部門の脱炭素化を支援していく予定で、初回の募集では、12のプロジェクトに5,500万SGD(約45億円)が交付された。

一方、ジュロン島の企業には、持続可能なソリューションを開発するための特別なイニシアティブも用意されている。それは、JTCコーポレーションと、企業の海外進出支援や中小企業支援を行うシンガポール企業庁(ESG)が2021年8月に開始した、ジュロン島における資源の持続可能性と循環性を高めるための革新的なアイデアを、スタートアップ企業や中小企業からクラウドソーシングする「ジュロン島イノベーションチャレンジ」だ。

これについて、LNGターミナル運営会社のシンガポールLNGコーポレーションや石油化学企業のペトロケミカル・コーポレーション・オブ・シンガポール、シェル、アメリカのエネルギー大手シェブロンの子会社であるシェブロンオロナイト、ドイツの化学大手のBASFなどが、資源効率化に関する課題内容を提出したところであり、ジュロン島の今後に期待が高まる。

 

関連記事