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ネットゼロ実現に向けた炭素市場の活性化のために

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地球温暖化対策が加速するなか、ネットゼロ (温室効果ガスの排出量が実質ゼロ) 実現に向けて、炭素市場の重要性が一層高まってきている。機関投資家は、その炭素市場において極めて重要な役割を果たし得る

2022/02/13

本稿は、マッキンゼー・アンド・カンパニーのAsilah Azil、Vincent Barnard、Christopher Blaufelder、Cindy Levy、Thomas Nielsen、Badrinath Ramanathanが、GIC (シンガポール政府投資公社) およびEDB (シンガポール経済開発庁) と共同で作成したレポートである。世界の炭素市場の市場規模は、2020年時点で前年比20%を超えるペースで成長しており、成長率は4年連続で過去最高を更新している。炭素市場は、コンプライアンス市場 (CCM: Compliance Carbon Markets) とボランタリー市場 (VCM: Voluntary Carbon Markets) で構成されている。CCMは、国・地域や国際機関が設定する排出削減義務や排出量報告制度などの規制・制度に基づいて温室効果ガス(GHG)の排出権が取引される市場となっている。この市場がGHG抑制に向けて果たす役割の重要性は確実に高まりつつある。一方でVCMは、企業や個人が温暖化対策で削減したGHGの量を「炭素クレジット」として認証し、それをボランタリー(自主的)に取引する民間主導の市場であり、こちらの市場もまた、組織のGHG排出量をオフセット(相殺)するための排出量補償・中立化プロジェクトへの投資を増やすうえで重要な役割を担っている。

しかしながら、今のところは炭素市場に参入している機関投資家の数は限られている。その原因として、市場に参画するうえでの構造的な課題が存在するうえ、市場ダイナミクスもまだ不透明であることなどが挙げられる。しかし、こうした状況も変化しつつある。シンガポールのGICおよびEDBとマッキンゼーが共同で執筆した本稿では、有望なアセットクラスとしてその存在感を急速に高めつつある炭素市場について取り上げる。特に、機関投資家が自身の利益目標を達成しつつも、企業や国家が炭素市場を活用してネットゼロ目標を達成するうえで極めて重要な役割を果たし得る点についても触れる。もちろん、本稿の目的は、投資を推奨することではなく、炭素市場の今後の展望およびそれが機関投資家にとって持つ意味合いを示すことである。

マッキンゼー・アンド・カンパニーのレポート「Putting carbon markets to work on the path to net zero」は、英文のドキュメントです。レポートをダウンロードするには、ダウンロードボタンをクリックし、お客様のビジネス情報を入力してください。

1. 炭素市場は、機関投資家から見て、急速にクリティカルマスに達しようとしている

前述の通り、現時点では機関投資家の炭素市場への参画は限定的である。 2つの市場のうちCCMの方が、成熟が進み規模も大きくその市場規模は1,000億ドルを超え、年間取引額は2,500億ドルを上回る。とは言うものの、世界の機関投資家トップ100社の運用資産残高19兆ドル(2020年)と比較すると、CCMの市場規模は依然として小さい。VCMは、開始されて日も浅く、2020年時点の市場規模は3億ドル程度である。市場規模が小さく、取引もまだ標準化されておらず、また公正かつ透明性の高いプライシング機能も未成熟であることから、炭素クレジットの流動性も限られている。その結果、機関投資家の投資対象としては適格性に欠けているとされてきた。

しかし、そうした状況も急速に変化しつつある。CCMはすでに安定していることから、機関投資家にとっても把握しやすくなってきている。新しい排出権取引制度 (ETS) も設けられ、また既存の取引制度における近年の市場改革により、より明確なフレームワークも構築された。

一方で、VCMもCCMと同程度に拡大し得るポテンシャルがあることから、その急成長を支えられるようガバナンス体制やインフラの構築も進んでいる。マッキンゼーがボランタリー市場拡大のためのタスクフォース (TSVCM: Taskforce for Scaling Voluntary Carbon Markets)と共同で実施した取り組みによると、企業による炭素クレジット活用の標準化を含む一定の条件を満たせば、VCMは魅力的な投資の選択肢となり得ることが明らかとなった(図表1) 。加えて、VCMの市場メカニズムはCCMよりも流動性が高く、炭素価格も需給に応じて決定されており、また各国の規制や政策方針の影響を受けにくい。

(図表1)

炭素市場は、投資家にとって多様なニーズを満たす市場となる可能性がある。その理由としてまず1つ目は、VCMで炭素クレジットを購入し、自社のカーボンオフセットのために炭素市場を活用できる点である。あるいは、ESG (環境・社会・ガバナンス)の目標達成に向けた排出回避・除去プロジェクトに資金を供給することもできる。2つ目は、価格上昇を見込んで、投資対象として炭素クレジットを購入することもできる。3つ目は、自身のポートフォリオに含まれる他のアセットクラスのパフォーマンスに影響を及ぼすおそれのある気候変動移行リスクを回避するために、排出権を購入することもできる。また間接的なアプローチとして、投資先の企業に対して、自社の排出量をVCMにおける炭素クレジットで埋め合わせることや、残余排出量の排出回避・除去スキームへのファンディングを行うことなどを促すことも挙げられる。

 

2. 世界がネットゼロを達成するうえで、活発かつ流動性の高い炭素市場の存在が不可欠である

2015年にパリ協定が採択され、大気中のGHGの影響による世界の平均気温の上昇を産業革命前と比べて1.5°Cに抑えることを目指して、今世紀半ばまでに世界のGHG排出量を実質ゼロにするという目標を設定した。世界の上場企業2,000社の5社に1社、および世界のGHG排出量の61%を占める国々もネットゼロ達成を目標に掲げている。この目標の達成については、機関投資家の利害とも一致している。なぜなら、この目標が達成できなければ、彼らのポートフォリオもまた気候変動リスクにさらされることになるからである。こうした官民を挙げてのネットゼロに向けた取り組みは、炭素市場において2つの動きを生み出している。まず、キャップ・アンド・トレード制度を通じた排出量を規制する取り組みによりCCMが開始され、この市場で排出権を取引できるようになった。次に、まだ初期段階にはあるものの、成長著しいVCMでは、参加者は炭素クレジットの購入を通じて、GHGの排出回避・除去を目的としたプロジェクトに投資することで、自社のカーボンオフセットを実現することが可能になった。GHGの排出量削減が最優先事項ではあるものの、炭素クレジット取引は、企業の排出量削減に向けた取り組みを補足し、奨励するために有効な手段と言えるであろう。

機関投資家は巨額の資金を調達、配分、分散できることから、CCMおよびVCMの両市場で極めて重要な役割を果たし得ると言える。彼らが市場に参画すれば、需給を結びつけ、炭素クレジットの流動性を高めて市場全体を活性化することも可能となる。例えばCCMでは、GHG排出権を取引することで市場の流動性の向上に貢献し、需給のギャップを埋めることができる。またVCMでは、排出回避・除去に向けた炭素クレジットに直接、もしくは、サードパーティファンドを通じて間接的に投資することで、脱炭素化に向けた世界的な取り組みを推進することができる。さらに、機関投資家が投資先企業に対して影響力を行使し、経営における脱炭素化の優先順位を上げさせ、ベストプラクティスを共有するよう促すこともできる (図表2) 。

 

 

(図表2)

3. CCMに参入することで資産価値の下振れを抑制し、環境対策の導入ペースに左右されず投資リターン(リスク調整後リターン)を確保することができる

炭素市場への投資は、機関投資家にとって依然としてハードルの高い課題ではあるものの、こうした状況は急激に変化する可能性がある。こうした可能性を踏まえ、投資家がGHG排出権を自社ポートフォリオに含めることでどのような効果が期待できるかについて検証した。我々の分析によると、ポートフォリオのうち比較的少ない割合を排出権に割り当てることで、投資家は気候変動移行リスクを回避できる可能性が高いことが分かった。排出権の価格の見通しについては依然として不透明であるが、政策措置から影響を受けることから、各国政府が脱炭素化へ向けた取り組みを強化すれば、炭素価格は上昇することが見込まれる。

マッキンゼーは、Vivid Economics社(McKinsey買収済)と共同研究を実施し、同社のPlanetrics プラットフォームを活用して個別のアセットクラスに対する気候変動リスクの相対的な影響の度合いを計測するボトムアップ型のモデルを構築した。NGFS (Network for Greening the Financial System: 気候変動リスク等に係る金融当局ネットワーク) が作成した3つの気候変動シナリオに基づき、世界の平均気温の上昇を産業革命前と比べて少なくとも2°Cより十 分低く保つことができた場合における排出権を含めたポートフォリオのパフォーマンスについて検証した。ここでは、10年および30年の期間の時間軸を設定し、全体の5%を排出権に配分したポートフォリオと、株式および債券のみ (割合はそれぞれ60%および40%) で構成する参照ポートフォリオのパフォーマンスの予測値を比較した。

この結果、30年の期間では、排出権を含めることにより「速やかな移行シナリオ」と「緩やかな移行シナリオ」で、参照ポートフォリオのリスク調整後のリターンが50~70ベーシスポイント改善し得ることが判明した (標準ポートフォリオの期待リターンは約4%) 。また、ボラティリティも約10~20ベーシスポイント改善する (標準ポートフォリオのボラティリティ予測は約9.8%) 。排出権を含むポートフォリオの期待リターンがベース値を下回った唯一のシナリオは、気候変動に関する政策変更が一切行われないことを想定したケースのみである。

また、排出権をポートフォリオに含めることで、保有資産の下振れリスクの抑制にもなり得る。気候変動対策が迅速に実施された場合と、対策が遅れた場合の2つのシナリオの下で想定される保有資産の下振れリスクが、双方のシナリオで緩和されることが分かった。そして、ポートフォリオ全体の平均0.5%から1.1%を排出権に割り当てることで、気候変動リスクに対応するために十分なリスク分散を図れることも明らかとなった (図表3) 。

(図表3)

炭素市場に固有のリスクを理解する 

炭素市場の潜在性を的確に捉えるためには、コンプライアンス市場 (CCM) およびボランタリー市場 (VCM) におけるそれぞれに固有のリスクを理解する必要がある。

実行リスク 

CCMの市場規模は、機関投資家が保有する他のアセットの市場規模と比較すると相対的に小さい。このためアセットの流動性も低く、当該市場で排出権を売却しようと思っても、思うように売却できない可能性がある。また排出権の法律上の定義は国や機関によって異なるため、市場流動性リスクについても考慮する必要がある。例えば、国や管轄をまたぐ排出権の取引を行ううえでこれらが障害となる可能性がある。

VCMの対象に含まれるプロジェクトは長期にわたることが一般的である。例えば自然気候ソリューションプロジェクトが立ち上がるまでに2~3年を要することもあり、さらに植林や土地再生などのプロジェクトが最初の炭素クレジットを創出するまでに5~7年程度かかることも珍しくない。加えて、企業や投資家が自社の気候変動対策戦略の一部として当該市場を活用するためには、炭素クレジット取引の枠組みの信頼性が確立されている必要があり、これを満たさなければ、需要が伸びないというリスクもある。

レピュテーショナル・リスク

機関投資家にとって、環境への配慮が欠如しているというイメージを持たれることは、レピュテーションリスクに直結する。こうしたリスクに備え、環境への配慮について疑問を持たれないためには、綿密かつ明確な戦略をもって炭素市場に参画すべきであり、自身の同市場参画の最大の理由は、GHG排出削減に貢献することを常に認識する必要がある。

規制リスク

CCMは政府機関が提供する枠組みであるため、他の金融市場と比較して取引の流動性に欠ける場合もある。例えば、各国や機関ごとの排出権の定義の違いは、国や機関をまたいだ取引を阻害する要因となり得る。この市場に参画する投資家は、購入するアセットの所有権の詳細や、特定の資産に投資を行うことが規制などに違反しないかなどについて正確に把握する必要がある

このように、炭素市場の発展に向けた投資を行うことは、投資家が気候変動移行リスクを回避するために有効なアクションであると言える。他の有効なアクションとしては、気候変動リスクに強い企業や同リスクに対応済みの企業 (例えば、環境に配慮した資源会社など) への投資、気候変動移行リスクが高いセクターへの投資縮小、投資先企業に対する気 候変動リスクへのレジリエンス強化に向けた取り組みの促進などが挙げられる。
状況に応じて、これらのアクションを組み合わせて実施することもできる。以上のことから、機関投資家が積極的に炭素市場への参入を検討すべき理由はある程度明らかではあるものの、この市場に固有のリスクについても注意を払うことを忘れてはならない (補足記事「炭素市場に固有のリスクを理解する」を参照) 。また、炭素市場に投資するにあたっては、この市場のそもそもの存在目的がGHGの抑制であることを認識し、これが投資家自身の投資目的と合致しているかを改めて確認する必要がある。

 

4. VCM (ボランタリー市場)の発展を支援する3つのアクション

このようなリスクは存在するものの、GHG排出量のネットゼロを達成するには、排出量の補償および中立化に向けた質の高いプロジェクトへの資金を民間セクターから確保することが喫緊の課題となっている。ある推計によると、気候変動、生物多様性および土地再生に関する目標を達成するには、2050年までに4.1兆ドルを調達する必要がある。こうした資金を調達し、資金の流れを創り出すため、VCMが極めて重要な市場となる。

そこで、機関投資家が以下の3つのアクションを取ることで、VCMの発展を加速できると考える。

  • 排出量の補償および中立化に向けた質の高いプロジェクト(例えば、植林など) の供給が拡大するようVCMに直接投資をする (図表4)
  • 炭素クレジットの整合性やガバナンスに関して高い基準を確保できるような支援を行う。このような基準が、VCMの発展において必要不可欠となる
  • 最も重要な点としては、投資先企業に対して、ネットゼロに向けた取り組みに関する指針を与えることである。例えば、脱炭素化に向けた目標の設定や、年次活動報告書の作成を支援することである。また、炭素クレジットを活用することで不可避のコミットメントの達成をサポートし、さらには温暖化対策に関するより高い目標を設定するよう促すことなども考えられる
(図表4)

本稿で提案した取り組みは、脱炭素化への支援を第一の目的として、成長機会のある炭素市場を拡大させるにあたり機関投資家が果たすことのできる役割、および果たすべき役割に焦点を当てたものである。既述の通り、ますます多くの国や企業が、2050年までにネットゼロを実現することをコミットしている。しかしこのような目標は、炭素市場が投資対象として適切で安定した市場とならなければ達成は困難となるであろう。そのような市場を構築するには、機関投資家の積極的な関与が大きな鍵を握っていると言える。

投資家は、その投資対象に炭素市場商品を加えることを真剣に検討する必要がある。炭素市場は、気候変動が加速することで高まる投資リターン(リスク調整後リターン)を確保する上で有用であるだけでなく、投資家の投資対象となっている企業に対し、ネットゼロへ向けた取り組み強化を促す機会にもなる。制御不能な気候変動がもたらすリスクとそれが投資家のポートフォリオに及ぼす影響を考慮すれば、投資家は炭素市場への参入に関心を寄せるべきではないかと考える。

同様に、VCMおよびCCMに共通する最終目的は、パリ協定に従って世界にネットゼロへの道筋を示すこと、およびリスクとリターンを調整する効果的なメカニズムとなることである。炭素市場への参入・投資を行う際には、投資家は決してこの本来の目的を見失ってはならない。

レファレンス

本稿の執筆にあたり、以下のマッキンゼーのメンバーから多大なる協力を得た。ここに謝意を表する: Vincent Bernard、Antonio Castellano、Jiao Chen、Kaushik Das、Duncan Kauffman、Mengrui Ni、Minna Qiu、Joyce Tan、Oliver Tonby、Aeri Yeo、Melissa Yeo、Stacy Yulianto、小西 啓為、山田 唯人、佐藤 愛季、渡邊 哲、およびVivid Economics/PlanetricsチームのStuart Evans、Thomas Kansy、Ethan McCormac、Shyamal Patel、Mark Westcott。また、GICのWong De Rui、Ding Li、Alvin Lim Shan-Jia、Daniel Luo Yiding、Shang Thong Chie、Georgios Tsapouris、Er Wenjun、およびEDBのAdeline Awおよび Cui-Yun Tan (敬称略)にも感謝の意を表したい。
さらに、関連業界のエキスパートからも多大なる協力および専門的知見をいただいた。国際排出量取引協会 (IETA)のStefano De Clara、Simon Henry、Brett Orlando、スタンダードチャータード銀行およびボランタリー市場拡大のためのタスクフォース (TSVCM)の Bill Winters、テマセクの Neo Gim Huay、Carbon Cap ManagementのMichael Azlen、Molecule VenturesのNick Kracov (敬称略)にも執筆者一同より謝意を表する。

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