2024年2月16日に発表されたシンガポールの2024年度予算案には、企業がコスト面で抱える課題への一連の支援策と、強靭で革新的かつ活力のある経済の確立に向けた施策が含まれていた。
その後、3月初旬まで開催されたサプライ委員会(Committee of Supply)では、シンガポールの省庁・政府機関がいかにして経済成長を維持しつつ、企業や労働者が課題に取り組み、能力を向上させ、新たな成長機会をつかむ支援を行うかに関し、さらに詳細を説明した。
主な措置や施策の概要についてはこちらに紹介する。
1. 13億シンガポールドル規模の企業支援パッケージ
シンガポール国内の適格要件を満たした企業には、コスト上昇に対して3種類の支援がある。シンガポール国民・永住権者による株式保有など、所定の基準を満たす必要がある。
2024年には、企業は法人税(CIT)の50%の控除を受けることになる(上限40,000シンガポールドル)。売上高が課税基準に満たない企業に対しては、2023年に現地従業員を少なくとも1名を雇用した企業には最低2,000シンガポールドルの現金が給付される。
Enterprise Financing Schemeも強化され、シンガポール企業の資金調達ニーズを支援する。グリーン成長プロジェクト、固定資産ローン、ベンチャーデットローンなど7分野が対象となる。
補助金制度、SkillsFuture Enterprise Credit (SFEC)は2025年6月30日まで延長され、企業・労働力変革に着手する企業に時間的余裕が与えられた。要件を満たした企業には、一度限りのクレジット(10,000シンガポールドル)が給付され、自己負担額の90%まで支援を受けることができる。該当企業に対しては既に通知されている。
2. 能力変換のためのパートナーシップ(Partnerships for Capability Transformation:PACT)スキームの拡充
2010年に立ち上げられたPACTは、相手先ブランド製造業者(OEM)やそのサプライヤーが負担するコストを軽減するために用いられてきた。設備、素材、試作、専門サービスなどの分野において、サプライヤーがOEM規格に適合しているかどうかを検証している。またPACTは、サプライヤーの選定、調達、製造・品質システムの構築のためにOEMが雇用した管理職の賃金に対する支援も行っている。
これまで約1億5,000万シンガポールドルがPACTに費やされ、2,500以上のシンガポール企業がその恩恵を受けている。
なお、PACTは拡充され、多国籍企業、大規模現地企業、中小企業間の協働強化を支援する。対象となる産業セグメントや連携方法の範囲が拡大し、能力向上研修、国際化、コーポレートベンチャーなども本スキームに含まれることとなる。
3. <新設>返金可能投資クレジット(Refundable Investment Credit)
シンガポールでは、所得合算ルール(Income Inclusion Rule)および国内トップアップ税(Domestic Top-up Tax)を、税源浸食と利益移転(BEPS)2.0の第2の柱のもと、 2025年1月1日以降に導入を開始する。
シンガポールに投資を誘致するため、新たに返金可能投資クレジット(RIC)を導入し、シンガポールに重要な経済活動をもたらすプロジェクトを広範囲にわたって支援する。これには新たな生産拠点、事業統括・サービス拠点、研究開発・イノベーション、脱炭素化などが含まれる。全体の上限はあるものの、RICで適格要件を満たすコストを最大50%まで控除できる。
RICは未払法人税と相殺される。未使用のRICは企業がRICの受給要件を満たした時点から4年以内に現金で還付される。
シンガポール経済開発庁(EDB)およびシンガポール企業庁(EnterpriseSG)がRICを所管し、2024年第3四半期までに詳細が公表される予定だ。
4. その他の税制改正
優遇税制の適時性と競争力を維持するため、シンガポールは以下のスキームに対して優遇税率(CTR、10%)を追加で導入する。
- 金融財務センター優遇制度(Finance and Treasury Centre Incentive)
- 航空機リース優遇制度(Aircraft Leasing Scheme)
以下のスキームに対しても15%のCTRが導入される。
- 成長・拡大優遇制度(Development and Expansion Incentive)
- 知的財産開発優遇制度(Intellectual Property Development Incentive)
- グローバル投資プログラム(Global Trader Programme)
さらなる詳細についてはEDBおよびEnterpriseSGが2024年第2四半期に公表を予定している。
5. AIおよび金融分野における30億シンガポールドル規模の投資
シンガポールは向こう5年間にわたるAIの開発・導入の加速に向け10億シンガポールドルを投資している。最大5億シンガポールドルをAIインフラ強化に向けて投入し、AI導入の動きを支援する。これには運輸、ロジスティクス、ヘルスケア、金融サービスといった分野で官民双方のAIイノベーション強化に必要な高度なコンピューターチップの確保が含まれる。
人材育成に関しては以下の施策を導入する。
- AIに関する集中修士課程を新たに開設。AI研究に関心を有するシンガポール人研究者・学生の供給源を構築し、また博士課程への道を開く。
- 情報通信メディア開発庁(IMDA)のSGデジタル奨学金(SG Digital Scholarship)により、大学においてAI関連の学士・修士・博士課程で学ぶシンガポール人学生を支援。
- TechSkills Acceleratorを、AIに関心を有する新入社員や中堅社員に向けて拡充する。IMDAはまた、企業が主導する現地職員を対象とするAI関連研修を拡充する。生成AI、ソフトウェアエンジニアリング、クラウド、モビリティに重点を置いたAIアナリティクス分野において約18,000人の技術専門職のリスキリングを目指す。
中小企業に対しては、AI関連ツールの利用・導入を拡充するための補助金、助成金、コンサルティングサービスが用意されている。自社のAIソリューション構築を望む企業は、Generative AI X Digital Leadersスキームも利用可能である。また、製造業に向けたAIセンターオブエクセレンス(卓越研究拠点)も新たに設立し、企業と協力してAI活用事例を研究・開発することとなっている。
金融セクター開発基金(Financial Sector Development Fund, FSDF)に対しては、シンガポールの金融分野へ投資、資本、人材をさらに誘致するため最大20億シンガポールドルを投入する。
6. サステナビリティを追求する企業に対する支援
脱炭素化およびエネルギー効率化ソリューションを実施し、サステナビリティ能力を向上させる企業に対する支援を強化する。
- 2022年に初めて立ち上げられたネルギー効率化助成金(Energy Efficiency Grant:EEG)は、エネルギー効率の高い設備に対し企業と共同して出資を行っている。この対象が製造、建設、海運、データセンターおよびその利用者などの分野にまで拡充される。
- EnterpriseSGは、Enterprise Financing Scheme-Green(EFS-Green)を2年間延長し、サステナビリティ向上を目指すシンガポール企業を支援する。これにより、グリーンテクノロジーソリューションを開発するシンガポール企業がグリーンファイナンスを利用しやすい環境を整える。
- EDBは、エネルギー資源効率化助成金(REG(E))を拡充し、受給を受けるために必要な二酸化炭素排出量の削減基準を500トンから250トンに引き下げる。これにより、より多くの産業施設が助成金を活用してエネルギー効率向上や二酸化炭素排出削減に関連するプロジェクトを実施できるようにする。
- EDBおよびEnterpriseSGはサステナビリティ報告書作成補助金(Sustainability Reporting Grant)を立ち上げ、企業がサステナビリティ実績報告書を作成する支援を行う。これは気候変動に関して企業への情報開示要求の高まりを受けてのものである。詳細は2024年後半に公表予定である。
50億シンガポールドル規模の未来エネルギー基金(Future Energy Fund)を新たに設立し、将来のネットゼロに向けたシンガポールの変革を推進するため、低炭素エネルギー源の基礎的インフラ投資を支援する。これには、低炭素電力輸入用海底ケーブルの敷設や、水素貯蔵施設・パイプラインの設立など、資本集約型の取り組みが含まれる。政府はまた、シンガポール発の二酸化炭素回収・貯蔵に関する国際プロジェクトの実現可能性についても調査を進めている。
7. 労働力向上および人材育成
40歳以上のシンガポール国民全員に対し、スキルズフューチャークレジット(SkillsFuture Credit)の追加チャージ(4,000シンガポールドル)を支給、スキルの向上や将来のキャリアに向けた準備を奨励する。また、スキルズフューチャーレベルアッププログラム(SkillsFuture Level-Up Programme)の一環として、40歳以上のシンガポール国民は適格要件を満たした高等教育機関においてフルタイムのディプロマ課程を履修する場合は2025学年度から助成・手当を受け取ることもできる。
2024年4月からキャリア転換プログラム(Career Conversion Programme:CCP)を拡充し、シンガポールの雇用主は中途経験者の採用や既存の従業員のスキル向上に関してより多くの支援を受けることができるようになる。CCPによる給与支援の上限も引き上げられる。高年齢労働者や長期失業者に対しては、雇用主はCCP研修期間中最大90%まで助成を受けることができるが、この上限が現行の月額6,000シンガポールドルから7,500シンガポールドルに引き上げられる。
アジア地域や世界の企業リーダーとしてより多くのシンガポール国民を育成・養成するため、EDBはグローバル・ビジネスリーダー・プログラム(Global Business Leaders Programme:GBLP)を立ち上げる。これにより、主要企業がシンガポール人中堅・上級管理職に対し、成長機会やグローバルなビジネス活動に触れる機会を与える場合に支援を行う。GBLPは、既存のSingapore Leaders Networkなどを補完するプログラムとなる。
海外進出を検討しているシンガポール企業は、新たな海外市場イマージョン・プログラム(Overseas Markets Immersion Programme)のもと、従業員を海外に派遣して世界・地域的な役職研修を受講させる際の助成を受けることができる。本プログラムの一環として、新たな中途採用者や海外勤務経験が不足している従業員は、テクノロジー、事業展開などに関するOJT・実地研修の恩恵を受けることができる。
8. 半導体、メドテック医療技術、ロボティクスの研究開発・イノベーションに向けた30億シンガポールドル規模の投資
シンガポールは、「研究・イノベーション・エンタープライズ2025プラン」への取り組みにさらに30億シンガポールドルを投資する。
新たな研究開発変革プラットフォームを構築するだけでなく、4つの主要分野に追加資金を投入する。
- シンガポール科学技術研究庁(A*Star)は、1億8,000万シンガポールドルの予算を投入してNational Semiconductor Translation and Innovation Centre(NSTIC)を設立し、フラットオプティクスやシリコンフォトニクスといった成長著しい分野においてエコシステムの協働を強化し、研究開発成果の向上を目指す。詳細はこちら
- A*Starは、9,700万シンガポールドル規模のNucleic Acid Therapeutics Initiative(NATi)を立ち上げ、シンガポールが核酸医薬(NAT)分野において研究、臨床、事業化の地域統括拠点としての地位を確立することを目指す。企業は、NATiを活用してシンガポール国内で研究所や研究プログラムを運営することができるが、シンガポールの公的研究機関と協力して実施する必要がある。詳細はこちら
- A*Star は MedTech Catapult を立ち上げ、シンガポールを医療機器生産開発の主要拠点とすることを目指す。本施策には 3,800 万シンガポールドルを費やし、高価値メドテック製品のコンセプト開発から市場参入までのプロセス迅速化を目標として、設計、開発、検証、妥当性確認の各段階において包括的に支援する。革新的なメドテックの試行や展開に関心を持つ臨床機関やディストリビューターとの協働を奨励する。 詳細はこちら
- 6,000万シンガポールドルをNational Robotics Programmeに投入、とりわけ製造物流、施設管理、ヘルスケアなどの分野におけるロボット工学の研究開発能力移行を推進する。詳細はこちら
シンガポールは国際的・地域的な連携を引き続き拡大する。環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定(CPTPP)やインド太平洋経済枠組み(IPEF)といったプラットフォーム、および二国間協定を通じて、グローバルパートナーとの協力を深めていく。
シンガポールは現在カナダとの自由貿易協定を交渉中である。ASEANは中国およびインドとの協定の改定・見直しを行っている。また、シンガポールはジョホール・シンガポール経済特別区(JS-SEZ)などの枠組みを通じて隣国との協力関係も進めていく。