政府と科学者が一丸となり検査キットを開発・流通
シンガポール発の新型コロナウイルスの検査キット「Fortitude」の開発に成功したのは2020年1月14日。中国・武漢での感染拡大が報告されてから半月後のことで、その後使用開始から量産、世界への出荷までの流れもとにかくスピーディーだった。
シンガポール科学技術研究庁(A*STAR)傘下の研究施設であり今年10周年を迎えた診断技術開発研究所(DxD Hub)に所属する井上氏は、長年にわたり遺伝子検査技術の研究に従事し、感染症の検査キットの開発を手がけてきた。
新型コロナウイルスのニュースを聞いた際にも、すぐに研究体制を整え、検査キットの開発に必要なウイルスの遺伝子情報の公開を待った。そして情報が届くや否や、わずか2日でFortitudeを完成させた。
これだけ迅速に検査キットをデザインできたことについて、井上氏は「以前に同じコロナウイルス科のSARS(重症急性呼吸器症候群)の検査キットを開発したときのデータが役立ちました」と明かす。
そのFortitudeの優れた点は、開発の速さだけではなかった。精度の面でも卓越していたのだ。
コロナウイルスと正確に断定できる「特異度」と、そのウイルスに感染しているかどうか、微量でも陽性と判定できる「感度」が共に優れていた。
「Fortitudeは新型コロナに高い特異度を持ち、インフルエンザやSARSなど他の呼吸器系ウイルスと誤って反応することがありません。また感度についても、その後徐々にマーケットに出てきた他社のキットと比較実験をしましたが、我々のキットを超えるものはありませんでした」
そのためFortitudeは開発されるとすぐに、シンガポール国内でも出始めていたコロナ患者の検査に使われることになった。
「2月初めには、すでに1日あたり数百人の検査に使われていました。A*STAR、外務省(MFA)、保健科学庁(HSA)、研究開発(R&D)の国家基金を統括するNational Research Foundation (NRF)など政府と私たち科学者がスムーズに連携し、チーム一丸となり行動した結果です」(井上氏)
本来、検査キットの利用には承認が必要で、開発してすぐに使えるものではない。だがシンガポール政府は、新型コロナの初期の拡散の時点で、検査キットを迅速に利用できるようにするため、暫定認可プロセスを設けた。これによりFortitudeは、申請から3日という異例の速さで使用が認可。すぐに量産を開始し、医療現場に提供された。これはシンガポールの規則が先進的かつ機敏であることを示す一例である。
以来、変異株にも精度を保ち続け、これまで1,200万以上のキットが世界40カ国以上で使われてきたのだが、その背景にはシンガポールのある企業の功績があった。
当時は、アメリカや中国のサプライチェーンが打撃を受け、世界各所で検査キットの生産が止まっていた。そんななか力を発揮したのが国内の地場企業MiRXESだった。胃がんの検査キットを手がける同社と手を組み、Fortitudeの量産にこぎ着けたのだ。材料不足の問題に陥ることもあったが、政府が尽力し、世界から材料を確保。以来MiRXESは、Fortitudeの生産を単独で担い、検査キットを国内外に供給し続けてきた。