A Singapore Government Agency Website A Singapore Government Agency Website How to identify keyboard_arrow_down
close

Voices on Singapore: コロナ検査キットを世界に先駆けて開発したA*STARの井上雅文氏 成功を支えたシンガポールのR&Dエコシステム

  • BRIDGE Magazine
  • ビジネスニュース
  • 医薬品・バイオテクノロジー

世界中で猛威を振るい、人々の生活や経済に大きな影を落とした新型コロナウイルス。その感染抑制に貢献した検査キットを、世界に先駆けて開発した日本人博士がシンガポールにいる——政府の研究開発機関であるシンガポール科学技術研究庁(A*STAR)の診断技術開発研究所(DxD Hub)の井上雅文主席研究員だ。なぜ高精度の検査キットを早期に開発できたのか。その開発を支えたR&D環境とは。井上氏に話を聞いた。

政府と科学者が一丸となり検査キットを開発・流通 

シンガポール発の新型コロナウイルスの検査キット「Fortitude」の開発に成功したのは2020年1月14日。中国・武漢での感染拡大が報告されてから半月後のことで、その後使用開始から量産、世界への出荷までの流れもとにかくスピーディーだった。 

シンガポール科学技術研究庁(A*STAR)傘下の研究施設であり今年10周年を迎えた診断技術開発研究所(DxD Hub)に所属する井上氏は、長年にわたり遺伝子検査技術の研究に従事し、感染症の検査キットの開発を手がけてきた。 

新型コロナウイルスのニュースを聞いた際にも、すぐに研究体制を整え、検査キットの開発に必要なウイルスの遺伝子情報の公開を待った。そして情報が届くや否や、わずか2日でFortitudeを完成させた。 

これだけ迅速に検査キットをデザインできたことについて、井上氏は「以前に同じコロナウイルス科のSARS(重症急性呼吸器症候群)の検査キットを開発したときのデータが役立ちました」と明かす。 

そのFortitudeの優れた点は、開発の速さだけではなかった。精度の面でも卓越していたのだ。 

コロナウイルスと正確に断定できる「特異度」と、そのウイルスに感染しているかどうか、微量でも陽性と判定できる「感度」が共に優れていた。 

「Fortitude​は​新型​コロナに高い特異度を持ち、インフルエンザやSARSなど他の呼吸器系ウイルスと誤って反応することがありません。また感度についても、その後徐々にマーケットに出てきた他社のキットと比較実験をしましたが、我々のキットを超えるものはありませんでした​」 

そのためFortitudeは開発されるとすぐに、シンガポール国内でも出始めていたコロナ患者の検査に使われることになった。 

「2月初めには、すでに1日あたり数百人の検査に使われていました。A*STAR、外務省(MFA)、保健科学庁(HSA)、研究開発(R&D)の国家基金を統括するNational Research Foundation (NRF)など政府と私たち科学者がスムーズに連携し、チーム一丸となり行動した結果です」(井上氏) 

本来、検査キットの利用には承認が必要で、開発してすぐに使えるものではない。だがシンガポール政府は、新型コロナの初期の拡散の時点で、検査キットを迅速に利用できるようにするため、暫定認可プロセスを設けた。これによりFortitudeは、申請から3日という異例の速さで使用が認可。すぐに量産を開始し、医療現場に提供された。これはシンガポールの規則が先進的かつ機敏であることを示す一例である。 

以来、変異株にも精度を保ち続け、これまで1,200万以上のキットが世界40カ国以上で使われてきたのだが、その背景にはシンガポールのある企業の功績があった。 

当時は、アメリカや中国のサプライチェーンが打撃を受け、世界各所で検査キットの生産が止まっていた。そんななか力を発揮したのが国内の地場企業MiRXESだった。胃がんの検査キットを手がける同社と手を組み、Fortitudeの量産にこぎ着けたのだ。材料不足の問題に陥ることもあったが、政府が尽力し、世界から材料を確保。以来MiRXESは、Fortitudeの生産を単独で担い、検査キットを国内外に供給し続けてきた。 


イノベーションを促進するR&Dエコシステム 

そうした開発を取り巻く外部の環境に加え、井上氏が在籍するA*STARの研究環境もまた、検査キットの開発を大きく支えた。 

 井上氏が所属するDxD Hubがあるバイオポリスは、国際的なR&D拠点で、公的研究機関や医薬品メーカーが多数入っている。そこからはA*STAR の庁舎やNRF、研究実績があるシンガポール国立大学(NUS)、大型総合病院のタン・トク・セン病院なども近く、官民学の連携が円滑だ、と井上氏は話す。 

「ランチ時にもいろいろな人と顔を合わせるので、その会話から新たな発想をひらめいたり、コラボレーションが生まれたりします」 

さらに井上氏は、内部環境についてこう明言する。 

「上に立つ人が基本的によく話を聞いてくれて、また資金力もあり、研究の構想が実現しやすい環境が整っています」 

同じ研究チームに所属する2人はともにシンガポール人で、「コミュニケーションは英語だが、言語や文化の違いで困ったことはなく、チームワークは良好」と井上氏は言う。 

「ラボのスタッフは優秀で、みな勤勉です。29年前、私がシンガポールに来たころから人材のレベルが飛躍的に高まり、いまでは専門知識、スキル、成果のどれをとっても日本人に劣りません」(井上氏) 


開発から商業化に向けた政府の支援 

そのように充実した研究環境が整うシンガポールに、近年、R&D拠点を開設する日本企業が増え始めている。スーパーゼネコンの鹿島建設、重工業大手のIHI、製薬会社の中外製薬、ビジネスソリューションを手がける富士フイルムビジネスイノベーション、建設大手の竹中工務店、化学メーカーの東レなどがその例だ。 

シンガポールは科学技術の発展を重視し、A*STARが中心となり、政府が知的財産権を保護する制度を整備。アメリカの非営利団体・Property Rights Alliance が各国の財産権保護の状況をランク付けする「International Property Rights Index(IPRI)」でシンガポールは、知的財産に関し、アジア・オセアニア1位の評価を受けた。また、企業の研究活動の一部を助成する政策や、研究関連の免税措置を導入したりもしている。そうした国の取り組みも、シンガポールのR&D拠点としての地位を高める要因となっている。 

「私たち研究者も、シンガポールに進出する日本企業と共同研究をすることがあります。またA*STARは、検査キットの商品化に向け、市場動向や技術トレンドの分析をはじめとするマーケット調査を行うなどして企業を支援しています」 

井上氏もそのように共同研究を行うことはもちろん、日本政府に対して研究者の立場から企業誘致の案内をするなど、長年両国の科学交流に尽力してきた。その実感を込めて、井上氏は最後にこう語った。 

「シンガポールはバイオサイエンスを中心に科学技術の水準が高いことで知られています。また、グローバルビジネスのハブであり、マーケットが世界とつながっています。そのため、シンガポールにR&D拠点を設ければ、開発はもちろん製品のビジネス展開もスムーズだと思います。人材も総じてレベルが高いので、もっと日本の企業にもシンガポールで活動してもらいたいです」 
 

井上雅文(いのうえ・まさふみ) 

1948年生まれ。高知市出身。東京理科大学卒業。カナダのカルガリー大学大学院修了。95年に恩師の誘いでシンガポールへ。96年から当時シンガポール国立大学(NUS)内の組織であった分子細胞生物学研究所(IMCB)で感染症の研究に取り組む。2003年からA*STARに移籍。博士(生物工学)。

主力産業一覧

主力産業一覧
  • 「未来の航空宇宙都市」と呼ばれるシンガポールは、130社を超える航空宇宙業界の企業を擁し、アジア最大級で最も多様なエコシステムを誇ります。一流企業や宇宙産業スタートアップ企業をはじめとして成長を続ける企業が拠点を置いています。

詳細を見る

  • シンガポールは、アジア市場への玄関口であり、世界トップクラスの消費者向け企業の多くが、環太平洋の拠点としてシンガポールを活用しています。

詳細を見る

  • シンガポールは、東西のクリエイティブカルチャーが交差する場所であり、拡大を続けるこの地域の消費者基盤へ向けて開かれた扉でもあります。世界的ブランドが、地域統括会社を構えており、トップクラスのクリエイティブな企業がシンガポールを拠点としています。

詳細を見る

  • 今日、主要なガジェットにはシンガポール製の部品が使用されています。エレクトロニクス産業の一流企業は、シンガポールで未来を設計しています。

詳細を見る

  • 精製、オレフィン製造、化学製品製造、ビジネスと革新力が強力に融合するシンガポールは、世界最先端のエネルギーと化学産業のハブに数えられています。100社を超えるグローバル化学企業が主要な事業を当地に構えています。

詳細を見る

  • アジアのデジタルの中心都市として、シンガポールは情報通信技術 (ICT) 企業が選ぶ拠点となっています。世界クラスのインフラ、人材、活気のあるパートナーのエコシステムを提供しています。一流企業と連携して、最先端の技術とソリューションを開発し、シンガポールのビジョンであるスマートネーションと地域および世界の市場を支えています。

詳細を見る

  • アジアの流通のハブとして、当地域内外への世界クラスのコネクティビティを提供します。安全で効率的なロジスティクスと、サプライチェーン管理ハブとしての妥当性を以て、シンガポールは地域の境界を超えた取引と消費に貢献しています。

詳細を見る

  • シンガポールは、医療技術企業がこの地域で成長するための戦略的な拠点です。今日、多くの多国籍医療技術企業がシンガポールを拠点として、地域本社機能や製造、研究開発を行なっています。

詳細を見る

  • 資源豊かなアジアの中心に位置するシンガポールは、農産物、金属、鉱物のグローバルハブです。我が国のビジネス環境は、強力な金融、サプライチェーン管理、技術力を以て、世界をリードする企業を引き付けています。

詳細を見る

  • シンガポールは、アジアでも主要な石油 ・ ガス (O&G) 装置とサービスのハブであり、3,000社を超える海洋・オフショアエンジニアリング (M&OE) の会社があります。世界クラスの機能と優れたコネクティビティは、アジアの強力な成長の可能性に着目する多くの企業をシンガポールに誘引しています。

詳細を見る

  • シンガポールが有する優れた人材、強い生産能力、研究開発のエコシステムは、製薬やバイオテクノロジー企業を誘引しています。企業はシンガポールから世界中の人々に薬を提供し、アジア市場の成長を担っています。

詳細を見る

  • シンガポールの洗練された精密工学(PE)の能力と先進の製造技術で主要分野である高度な製造な地域ハブとしての強みを反映しています。

詳細を見る

  • シンガポールは、プロフェッショナル・サービス企業に最適なハブであり、国際的な労働力と信頼できる規制と枠組みを提供します。

詳細を見る

  • アジアは世界的な都市化のメガトレンドの中心であり、人口集中や公害、環境悪化などの都市問題の軽減を目指して、各国政府はスマートで持続可能なソリューションの開発を推進しています。大企業のいくつかはシンガポールを拠点として、アジアのために持続可能なソリューションを商業化すべく、革新、試行、連携を進めています。

詳細を見る