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成長分野を含む多様なセクターへの投資が拡大―2024年のシンガポールの投資動向とEDBの成長戦略

成長分野を含む多様なセクターへの投資が拡大―2024年のシンガポールの投資動向とEDBの成長戦略

シンガポール経済開発庁(EDB)は2月初め、2024年の投資コミットメントに関するレポートを発表した。それによると、固定資産投資額は前年を上回り、年間総事業費も高い水準を維持。投資は半導体、航空宇宙、人工知能(AI)、精密医療、グリーンエコノミーなど多様な分野にわたり、これらの投資コミットメントが実現すれば、年間235億SGD(約2兆6,320億円)の付加価値が創出される見込みであり、シンガポールは引き続き質の高い投資を獲得していることがうかがえる。本稿ではレポートの詳細を示すとともに、産業の発展に向けた今後のEDBの取り組みについても紹介する。

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多様な産業の投資拡大で固定資産投資額が約6.3%増

2024年、EDBが管轄する国内外の企業による固定資産投資額(設備・インフラへの投資計画額)は135億SGD(約1兆5,120億円)となった。

そのうち111億SGD(約1兆2,432億円)を占めたのが製造業で、とりわけ半導体やバイオメディカル分野が大きく貢献した。さらに、医療技術、特殊化学、航空宇宙、デジタル分野などの主要な製造・サービス産業に加え、精密医療、人工知能(AI)、持続可能な製品・サービスといった新たな成長分野も含まれた。

一方、年間総事業費(人件費や研究開発費など企業がシンガポールでの事業運営に支出する計画額)は、84億SGD(約9,408億円)と高い水準を維持した。特に、テクノロジー企業の本社機能の運営費に関する投資が牽引役となった。国外からの投資額を地域別で見ると、アメリカ、ヨーロッパ、中国の順となり、シンガポールがグローバル企業のハブ及びR&D拠点として機能していることを示す結果となった。
 

<日本企業の事例> 

総合印刷会社のTOPPANホールディングスは、2026年の稼働を目指し、シンガポールで半導体パッケージ基板の工場の建設を進めている。 
化学メーカーのクラレも、同じくシンガポールで2026年末の稼働を目指し、食品包装などに広く使われるEVOH樹脂の生産工場を建設すると発表した。 

既存企業と新規企業が積極投資 

全体として投資企業には、シンガポールで既存の事業を拡大する企業と、新規進出する企業の両方が含まれている。グローバル企業の本社機能設置・拡大、研究開発、イノベーション活動への関心が高まっており、世界中のスタートアップや起業家がシンガポールで新たなビジネスを立ち上げる動きも加速していることがうかがえる。

そして、これらの投資コミットメントが実現した場合、5年間で1万8,700人の雇用と、年間235億SGD(約2兆6,320億円)の付加価値を生み出すと見込まれている。雇用については、主にサービス業、製造業、研究開発、イノベーションの分野で創出されると予想され、そのうち、約3分の2が月額給与5,000 SGD(約56万円)以上の職種になる見込みである。
 

​​​​​<日本企業の事例> 

総合飲料・食品メーカーのアサヒグループホールディングスは、シンガポールに設立した子会社にグループ全体の調達機能を集約し、2024年1月に業務を開始した。
ゼネコンの大林組は2024年4月、アジア地域の研究開発拠点として、シンガポールに「Obayashi Construction-Tech Lab Singapore」を開設した。 

また、中外製薬のシンガポールの研究拠点「Chugai Pharmabody Research」は、2024年2月に事業期間の期限が撤廃され、研究所の機能を拡充したうえで、恒久的な海外創薬研究拠点として活動することが決定した。 

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2025年の世界の投資環境

地政学的なリスクに加え経済の不安定要因により、世界情勢は不透明さを増している。こうしたなか、各国が自国の産業を優先する政策を進めることで、企業にとっては国際的な投資判断がますます難しくなっている。

一方で、シンガポールはアジア経済の成長の恩恵を受けることが期待される。現在、アジアは世界のGDPの約50%を占めているが、2030年までに約60%に拡大すると予測されている。また、東南アジア圏内の経済統合が進めば、貿易や投資が活発化し、企業のサプライチェーンの効率向上にもつながる。

さらに、その結果として、シンガポールは東南アジアの成長市場へのアクセス拠点として、重要性を一層強めるだけでなく、日本企業にとっても、新たなビジネスプロセスを試したり、日本とは異なる手法を導入したりするのに最適な環境を提供できる。特に、東南アジア市場やグローバル市場を視野に入れたビジネスモデルの開発・実証の場として、シンガポールの戦略的価値はさらに高まると考えられる。
 

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成長に向けたEDBの今後の取り組み 

このような状況を踏まえEDBは、引き続き成長機会を確保するため海外からの投資誘致に注力し、具体的には以下の取り組みを推進する。 

  • 既存企業との連携による変革の推進
    EDBはグローバル企業と協力し、AIやデジタル化を活用した生産性向上を支援する。また、企業のエネルギー効率向上や再生可能エネルギー、新たな技術の実証実験など推進し、脱炭素化の加速を図る。

  • イノベーションのグローバルハブとしての強化
    高付加価値なイノベーションプロジェクトを誘致し、持続的な成長を促進。多国籍企業だけでなく、テクノロジー分野のスタートアップや起業家を積極的に誘致し、シンガポール科学技術研究庁(A*STAR)や企業庁などの政府機関と連携して研究・イノベーションのエコシステムを強化する。

  • シンガポールの人材の育成とグローバルリーダーの輩出
    企業や他の政府機関と連携し、シンガポールの人材がリスキリングやアップスキリングを通じて、技術、デジタルスキル、ビジネススキルを習得できるよう支援​し​​、企業が質の高い人材の確保と、競争力の強化ができるよう、実践的なスキル開発の機会を提供​。また、Singapore Leaders Network(SGLN)やGlobal Business Leaders Programme(GBLP)といった既存のリーダー育成プログラムを拡充し、シンガポール人材のグローバル企業での活躍を後押しする。

  • 地域協力とエコシステムの強化
    多国籍企業や地元企業、研究機関との連携を強化し、地域内でのビジネス機会を創出。また、新設される「ジョホール・シンガポール経済特別区(JS-​​SEZ)」を活用し、製造、物流、デジタル経済分野での協力を深化させ、越境ビジネスの円滑化を図る。

EDBのプン・チョンブーン(Png Cheong Boon)長官は、2024年の投資動向とシンガポールの経済成長に向けた戦略について次のように語った。 

「EDBが2024年に確約したプロジェクトは、良質な雇用とビジネス機会を創出するだけでなく、シンガポールがより多様かつ強靭な経済を構築するという国家的な取り組みを支えるものです。高業績企業の拠点として選ばれ続けるために、私たちは地域エコシステムを強化し、労働力の育成を進めることで、新たな雇用機会やリーダーシップの創出に取り組んでいきます。シンガポールがグローバルバリューチェーンにおいて重要な役割を果たし続けることで、長期的に経済、企業、そして多くの人々に利益をもたらす投資を誘致し、定着させることができるのです」 
 

*1シンガポールドル(SGD)= 約112円(2025年2月10日時点) 

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