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日本企業によるシンガポール投資の潮流 〜50年にわたる投資の歴史と今、そしてこれから

日本企業によるシンガポール投資の潮流 〜50年にわたる投資の歴史と今、そしてこれから

地政学的な問題や環境課題が引き続き山積する一方で、技術革新やAIの急速な発展が進んだ2024年。7,000社を超えるグローバル企業の統括本部があり、アジア地域におけるグローバルハイテク企業の59%が統括本部を構えているシンガポールでは、引き続きアジアの結節点として活発な経済活動が行われた。特に、多くの日本企業がシンガポールとの経済的・文化的な結びつきをより強固なものとしつつ、事業を継続的に拡大・発展させている。


竹中工務店が手がけた代表的なプロジェクト、代表的なランドマークであるシンガポール・フライヤー

竹中工務店が手がけた代表的なプロジェクト、代表的なランドマークであるシンガポール・フライヤー

シンガポールは長年、日本企業が東南アジアへ展開するための戦略拠点であり、進出から数十年にわたるパートナーシップを継続している企業も少なくない。ここでは、進出から節目となる周年を迎えた企業による長年の成果や新たな取り組み、そして2024年に企業はどのようなことに投資を行ったのか、シンガポールの経済成長に大きなインパクトを与えている最新の事例を紹介する。 
 

2024年の最新投資事例ハイライト 
 

1. 横河電機

Singapore Development Centre Research and innovations at Singapore Development Centre (SGDC)

Singapore Development Centre Research and innovations at Singapore Development Centre (SGDC)

工場などの自動化を支援する制御システムや計測機器で世界的シェアを誇る横河電機が今年4月にシンガポール進出50周年を迎えた。1974年の現地法人設立以来、シンガポール管轄地域での年間売上高約4億5,000万SGD(約517億5,000万円)、従業員約800人を超えるほどに成長している。2004年には、生産制御アプリケーションの技術革新を推進するためにシンガポール開発センターを設立。現在では従業員数100人を超えるまでに成長し、日本国外では最大規模の研究開発センターとなっている。また同社は、日本国外では初となるサステナビリティ・インキュベーション・ハブを11月にシンガポールに開設することも発表した。 
 

2. デンカ
 
セラヤ工場

セラヤ工場

無機・有機・バイオの幅広い領域で事業を行う総合化学メーカーであるデンカは、1980年にいち早くシンガポールに進出し、1984年にアセチレンブラックの生産を始めてから40周年を迎えた。デンカシンガポールは、グループの中核的な存在として4工場、7製品、300人のスタッフを抱え、3億5,000万米ドル(約535億5,000万円)の売上高を誇っている。同社では、シンガポール政府による支援のもと、シンガポールの4工場をスマート工場化する計画に取り組んでおり、コストや消費電力の削減、在庫削減など、さまざまな効果を上げている。さらにAI 技術を活用したデジタル・アシスタントの導入を進めるなど、AI技術の新たな活用の実例として多くの日本企業のロールモデルとなることが期待される。
 

3. テルモ

Photo credit: Terumo Asia Holdings

Photo credit: Terumo Asia Holdings

世界160以上の国と地域で事業を展開する日本発の医療機器メーカーであるテルモは、シンガポールでの創業50周年を記念してオフィスを拡張し、アジア太平洋地域全体の医療従事者を対象とした新しい医療機器の操作トレーニングセンター「テルモ・アジア・スキルラボ」を開設した。同社は、ナショナル・ハート・センター・シンガポールや糖尿病協会シンガポールなどの機関と提携し、早期診断、費用対効果の高い治療、健康状態の改善を促進することを目指している。
 

4. 竹中工務店

大手総合建設企業である竹中工務店は、シンガポールで創業50周年を迎え、2022年に東南アジアの共創拠点として設立されたイノベーションハブ「COT-Lab Singapore」で記念イベントを開催した。同社は、チャンギ空港の第1ターミナルと第4ターミナル、シンガポール・フライヤー、シンガポール国立美術館の再開発など、多くの画期的なプロジェクトによって長年にわたってシンガポールにインパクトを与えてきた。竹中工務店はこの50年の間に、プロジェクトマネージャー、現場エンジニア、スーパーバイザー、BIMモデラーなどのスペシャリストをはじめとする400人以上のスタッフを雇用し、現地人材の育成にも寄与している。

 

新たなベンチャーと事業の拡大 

長きにわたってシンガポールで活動する企業が大きな節目を迎えた2024年には、新たな分野に向けた投資を行う企業も多く存在する。そうした投資は、シンガポールの優位的な地位の活用、高度な製造能力の活用、R&Dとイノベーションによる新たな能力開発など枚挙にいとまがない。  
 

  • 1月、アサヒグループホールディングスは、シンガポールに​Asahi Global Procurementを設立​、グローバル、リージョナル、ローカルの調達活動を集約することで、5年間で年間約1億米ドル(約153億円)の財務的インパクトを目指す。日本、欧州、オセアニア、東南アジアの調達活動を合理化するこの新しい子会社は、シンガポールの戦略的立地を活用する。アサヒはまた、CO2排出削減を含む持続可能性への取り組みを強化するため、シンガポール国立大学などのローカルの組織とも協業している。 
  • 大手製薬会社である第一三共は、2月、抗体薬物複合体(ADC)がん治療薬の「ENHERTU」の臨床試験の促進と販売に特化したシンガポール拠点を開設した。同治療薬は、シンガポールにおいて乳がん、胃がん、肺がんの治療薬として承認を取得している。シンガポールの拠点は、同社が新薬の臨床試験を行う拠点として定める9拠点のうちのひとつであり、2026年までに現地従業員を15人から30人に倍増させる計画だ。 
  • TOPPANは、3月、AIや機械学習デバイスなどの半導体製品に使用される高密度半導体パッケージのFC-BGA基板の生産拠点をシンガポールに新設することを発表した。新工場の設立には、シンガポール経済開発庁(EDB)および米国の通信用半導体大手のブロードコムから、推定約500億円の支援を受ける。この工場の新設により、リードタイムの短縮とコストの削減によって顧客への供給を強化する。同工場は、アドバンスト・サブストレート・テクノロジーズの運営により2026年の創業を予定しており、エンジニア200人を含む最大350人の雇用が創出される見込みだ。 
  • クラレは、4億1,000万米ドル(約626億3,000万円)を投ずる東南アジア初のEVOH(エチレン ビニルアルコール共重合体)樹脂「エバール」の生産工場の起工式を、3月にジュロン島で行なった。食品の内容物劣化を防ぎ、フードロスの低減につながることから食品包装用途に広く使用されているEVOHの地域需要の増加に対応するために、2026年後半に生産を開始する予定だ。EVOHはポリオレフィンのリサイクルに適合することから5~6%の成長を見せており、同社は今後も世界的な需要の拡大を見込んでいる。 
  • 信州大学発のベンチャー企業Morus(モルス)が今年4月にシンガポール法人を設立した。シンガポールが最近16種類の食用昆虫の輸入と販売を認可したことを受け、持続性の高い原料としてカイコを利用した食品を供給することを目指す。シンガポールにおける食料安全保障上の課題に同社が寄与することが期待されている。  
  • IHIは、10月にシンガポール科学技術研究庁(A*STAR)傘下の研究機関ISCEと、持続可能な航空燃料(SAF)の合成技術における商用化加速に向けた協働を行うMoU(基本合意書)を新たに調印した。IHIとISCE2は、2022年度よりSAFの合成技術に関する共同研究を開始、これまでに世界トップレベルの性能を持つSAF合成の新触媒を開発している。IHIはA*STARとの協働を促進させることで早期のSAF商用化を実現し、航空業界のカーボンニュートラル実現に貢献することを目指している。 
     

*1米ドル=約153円、1SGD=約115円(2024年11月11日時点) 

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